まずは『ぴゅあ0.01mm』の冒頭5ページを読んでみてほしい。人に言えないことがあるというのは、なんて淫らでみずみずしいのだろうかとニヤけてくる。このマンガ、勝負ありといった感じだ。圧勝。
高校時代の同級生で、今は同じ職場の別の部署にいる“土屋新”と“日野あこ”は、ふとしたはずみからセフレの関係となった。28歳の男女が毎週金曜の夜に待ち合わせ、ホテルに向かう。そしてコトが終わったら、女が「おつかれ!」といわんばかりにさっさと着替えて先に帰る。
ふたりのあいだの約束事はただひとつ、セックスだけ。恋愛にまつわる諸々はキレイに省略されている、それがセフレの醍醐味。ところが、だ。
ふたりとも、ふつ~に付き合いたいのだ。なのに言えない。そして言えないまま半年たっている! 読者は「言えよ!」と思いつつも「いや、言えない今この瞬間にこそグッとくる」と生唾を呑むんじゃなかろうか。それに、おとなになればなるほど、決定打を口にするのが怖くなって、時間だけが爆速で過ぎていく。もしふたりが28歳じゃなく18歳だったらこの物語はたぶん3日で決着がついていたような気がする。
それにしても、だ。金曜の夜のホテルっていう使い古された密室なのに、どうしてこんなに光の粒が踊って見えるのだろう。すごいマンガだ。
なぜ土屋と日野はセフレのまますれ違ってしまうのか。
内心こんな感じだったのに、「セックスのひとつやふたつ、私、どうってことないですよ」と日野が初手でヨユーぶってしまったのだ。日野の態度を受けた土屋は、日野から不快に思われていないことにホッとしたり、とはいえ付き合える脈はまったくなさそうでショックだったり、でもまた会いたいなあと思ったり。グズグズである。
ただ、かろうじて連絡先を交換して「次」の約束だけは交わせた。ちなみに「次」とは「次回のセックス」のこと。
何をやるにせよ、その人と次また会えることがうれしい、って、なんてピュアなんだろう。
そして土屋が日野に向ける視線も、とてもいい。
口の中をのぞくのはエロティックなことだと思う。もっというと銀歯を見つけてじっと見てしまうなんて、めちゃくちゃ好きな相手にじゃなきゃできないよ。日野の銀歯は土屋のお気に入り。でもセックスだけの関係だし、好意なんて伝えられない。そもそも他に関係をもっている男だっているかもしれない。
日野と同じくらい、土屋も言えないタイプの人間なのだ。
ちなみに日野は同じ日にこんなことを考えていた。
ある意味、とてもキレイに土屋と連動している。
こうしてコンドーム並みにうっすーい(そしてそう簡単には破れない)壁が、ふたりを隔ててしまった。
好きな者同士がすれ違い続けるとどうなるか。たぶん興奮するのだ。そして状況を打破しようとがんばった結果、空回りが始まる。
とくに日野による空回りが一級品だ。土屋を愛おしむ気持ちでやってみることのほとんどが、性のスパイスとして効き過ぎてしまう。セックスは非常にはかどるものの、肝心の「好きです」が言えない。結果、お互いが汗だくで「すけべだなあ……」と思っている。
そしてセフレであることを職場ではひた隠しにしているので、職場の飲み会などで居合わせるとちょっと気まずい。さらにそれが「合コン」と銘打たれた集まりだとどうなるか。空回りという名の心理戦が加速して、やがて台風のようになる。
お酒の入ったグラス片手に別の相手と適当に会話をしながら、耳だけはめちゃくちゃ敏感。居酒屋の騒がしさをくぐり抜けるようにして相手の言葉だけを聞いている。ひょっとしたら、大好きな人との恋を実らせるきっかけが見つかるかもしれない。でもここはアルコールが程よく回った合コンの席。
聞き捨てならない言葉が日野の耳に飛び込んでくる。そう、こういうのばっかりキャッチしてしまうんだよなあ。やがて日野にスイッチが入ってしまい……、
カラダとココロがちぐはぐ。というか狭い狭い居酒屋のトイレでそれは……! つ、続きを早く!
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori