いつもこれだ
オレが走って 抜かしたら
いつも 誰も いない
オレは“ライバル”が ほしいだけなのに…っ
都の陸上競技大会で100m走1位。
全国こども絵画コンクール入選。
全国こども作文コンクール最優秀賞。
自由研究コンクール金賞。
学校のテストも100点やそれに近い高得点を連発。
ピアノを習えばわずかな経験で難関コンクールのビデオ審査を通過。
しかもルックスも高レベル。
校内ではもはや知らぬものなどいない「すべてを持っている天才児」だった。
そのありあまる才能から、余波は本気で競い合える「ライバル」に飢えていた。
何をやらせてもすぐにトップに立ってしまい、追い抜かれた周囲が「諦めた顔」で自分を持ち上げる姿が、心の底から嫌いだった。
そんな彼が出会ったのが、愛媛から来た野球好きの転校生「百合元ゲンジ」。
体育の授業(バスケ)で自分と本気で張り合ってくるゲンジを見て、少しワクワクする余波。
しかし「また失望したくない」という思いが先に来て、野球に誘ってくるゲンジを見下して突き放してしまう。
「野球しよる奴 バカにすんやないぞ」と本気で怒るゲンジ。
貧乏な家庭に生まれたゲンジは、プロ野球選手になって大金を稼ぎ、母親を楽にしてやりたいと日々、努力を続けていた。
ゲンジが人生を懸け、本気で野球に向き合っていることを知った余波は、イライラしつつも「カッケーじゃん ソレ…」と唸り、河川敷で素振りするゲンジに改めて勝負を申し込む。
「投手・余波」と「打者・ゲンジ」の3球勝負だ。
しかしその時点では、圧倒的な打者としての才能に加えて何年も努力を続けていたゲンジに一日の長があった。
勝負は3球目を見事に弾き返した、ゲンジの勝利に。
初めて「勝ちたい!」と強烈に思う勝負で敗北し、これまで自分が何の気もなしに破ってきた相手の「得も言われぬ悔しい気持ち」を初めて理解した余波。
「覆せない場所で、お前に勝つ」。
甲子園という舞台で、ライバルであるゲンジに勝って「一等級の喝采」を浴びるため、余波は才能溢れる己の身を野球に捧げる決意をする。
爽やかな筆致で描かれた圧倒的な「王道熱血少年マンガ」感に惹きこまれる
それは「ライバル」であり、「本気で打ち込める何か」だった。
実際、ピアノ教室で「ライバル」になりそうな相手を見つけたときは、心の底から嬉しそうだった。自分に抜かれた相手が、白旗を上げてくるまでは。
特に本作で「面白いな」と感じたのが、キャラクターの心理描写の丁寧さだ。
主人公である余波やライバルであるゲンジ、また、リトルリーグのチームで出会う余波の女房役(キャッチャー)、鐘伝竜(しょうでんりゅう)など、主要なキャラクターがそれぞれ自身の環境や性格に起因する鬱屈した思いを抱えながらお互いに刺激し合い、気づくとひたすら「前」へと進んでいく。
おそらくこの先は主要キャラの座からは外れていくであろう、余波の「ピアノのライバル」に関しても、彼自身が己の弱さと向き合い、余波に「自分の態度が余波にピアノを辞めさせた」と謝罪するシーンが丁寧に描かれている。そのシーンが結果的に、余波の精神的な成長を表現する役割を果たしているのも、構成の巧みさを感じさせた。
数多くの野球マンガをファンとして読んできた私から見ても、本作の「王道熱血少年マンガ」感はトップクラスだ。
小学校時代はチームメイトとして共闘し、いつしか袂を分かち、高校野球では最高のライバルとして戦う。きっと道中では、主人公もしくはライバルが野球を辞めざるを得なくなりそうな危機(故障? 家庭の事情?)も訪れるだろうし、二人揃って「より強烈なライバル」に出会って打ちのめされる展開もあるのではないか。ある意味、学生野球マンガの王道ともいえる「野球マンガファン垂涎の展開」が、今から強烈に想像できる。
主人公もライバルも、現時点で小学4年生。
甲子園までの道のりは、まだまだ長い。その分、楽しみも大きいというものだ。