ペットがかわいそうな目に遭うのは無理。映画を観る前に「動物が死ぬかどうかをネタバレなしで知るサイト」をチェックしないと無理。そんな私も、マンガ『吉沢猫』には「そのパターンもあるのか!」と思わず膝を打つ。
吉沢がある日ふらりと姿を消した。なので吉沢にお世話されていた猫が失踪した彼に代わって働いている。吉沢の代わりの猫だから、会社での呼び名はそのまま「吉沢猫」だ。
そんなのやっぱりかわいそう? いやいや、案外なんとかなっている様子。堂々たるその働きぶりは、例えるならまるで中堅社員。
……いや、もうちょっと貫禄があるかな。
猫が働く理由は、大好きな吉沢にお願いされたから。
「1週間ほどでいいから」のはずが、気づけばもう5年。
細身で「ニャンコ」と呼ばれ愛でられていた猫は、いまやふくよかボディの立派な勤労猫に。二足歩行で闊歩(かっぽ)し、無茶振りしてくるクライアントやネコハラ上司に負けず、今日も働く。
待ち焦(こ)がれた給料日のマストタスクは残高照会だ。
給料日なのに飲み会の誘いも断り、ぜいたくもせず、真っ先に吉沢の生存確認に走るけなげさよ……。
引き出されているのは10万円だけで、家賃や生活費は残されているあたり、お金をおろしているのはやっぱり吉沢に違いない。連絡がなくても、吉沢がどこかで元気にやっているとわかる給料日は、猫にとっても特別な日だ。
しっかりしている吉沢猫の、こういう面を見るとやっぱり胸がいじらしさにギュッとなる。ああ吉沢、早く帰ってきてあげて!
「猫って仕事できるの?」
吉沢の会社の人々はもちろん、読者も疑問に思うに違いない。しかし、
初めて出社した日の猫の様子がこれ。
どう見ても猫だけど、どういうわけか仕事はちゃんとできている。
ショートカットキーに感激しているのもなんか可愛い。こんな感じで、猫は「吉沢猫」として、思いのほかすんなり会社に受け入れられた。
5年も経てば、もうあの日のような初々(ういうい)しさはないけれど、仕事はしっかりこなす。ちゅー〇で自分の機嫌を取りつつ、クライアントからの無茶ブリにも手を抜かずに対応していて偉すぎる。吉沢猫は、いまやオフィスの立派な戦力なのだ。ふてぶてしい顔でグチを言いながらも、根はまじめでけなげなのがたまらない。
そんな吉沢猫を優しく見守るのが“課長”をはじめとする会社の人たち。
こうしてワクチンの時期を気にかけてくれたり、
吉沢猫はなんだかつまらなそうな顔をしているけど、職場の「男子会」を猫が入れるお店を選んで開催してくれているなんて、吉沢猫の受け入れられぶり、愛されぶりがわかるというもの。
マタタビ(持ち込みだけど、お店も許可してくれている)で酔いつぶれた吉沢猫をおぶって送ってくれる課長のやさしさもいい。
吉沢猫を戦力として扱う一方、「猫」としてきちんと気を配ってくれるところもあって、会社の人はいい人ばかり。吉沢はいったい何が嫌で失踪したのかな。それとも仕事なんて関係ないのかな。
……と、このように猫が主役のお仕事コメディのような顔で進んできた本作だけど、
何の説明もなくロシア語を話すカモが登場したりするので油断ならない。予想外、かつ面白すぎる。この羽の抜け方を見るに「カモのかぶりものをかぶった人」ではなく、本当にカモということだろうか。
彼らのことはよくわからないけど、今の吉沢猫の目には「家に帰ろう」と言い合える関係はまぶしく見える。普段はなんだかんだ楽しくやっている吉沢猫の、どこか寂しそうな後ろ姿が切ない。
いつ吉沢が帰ってきてもいいように、家をキレイに保つ吉沢猫。本当にけなげだ。
吉沢の残した「ニャンコと俺の約束」、こうしてみると猫にはかなりハードルが高いというのに……。
しかも、1週間で帰ってくるつもりにしてはちょっと指示が細かい気もする。吉沢は何を思って出ていったのか、いま何をしているのか、あらためて謎が深まる。
まだまだ吉沢猫の日々を見たいから、吉沢の帰りはすぐじゃなくてもいい。でもやっぱり、いつかは帰ってきてあげてほしい。
レビュアー
中野亜希
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
X(旧twitter):@752019