保護猫との同居
「猫は人間のことを“大きな猫”だと思っている」という説を聞いて「そうですか! ではよろしくお願いします!」と思ったのは、私一人じゃないはずだ。猫上等である。
保護猫と(人間と)の同居生活を描いた『ただ大きな猫になりたい』の主人公・“里香”もまた「人間じゃなくて大きな猫になりたい」と思っている人だ。28歳独身、田舎の大きな一軒家で一人暮らしの里香は、恋愛や結婚が無理な人。
そんな里香でも、これからの長い人生ずっと一人なのは怖い。市役所の市民課で働く公務員の里香は、たぶん市役所を訪れるいろんな人のライフイベントを垣間見ているだろうから、余計そう思うのかもしれない。
そこで一念発起して我が家に“猫”を迎えることに。ペットショップで売られている猫じゃなくて、保護猫を飼おうと思うが、思わぬハードルにぶつかる。
そう、一人暮らしの人の家は、保護猫の譲渡先として不適格だというのだ。
保護猫を受け入れる条件は厳しい。おそらく本作に出てくる保護猫団体さんだけじゃなく、日本各地の団体で同等の条件を課しているはず。「次こそちゃんと幸せになってほしい」の一言が重たい。そして「幸せ」というふんわりした言葉を現実生活に置き換えていくと、単身者がペットを飼うことの難しさがよくわかる。たとえば猫が急病になったとき、仕事を100%休める? 後見人となってくれる人は? 里香はどちらにも即答できない。
それでもなんとか飼えませんかと食い下がる里香に、保護猫団体の“笹川さん”はこう言う。
厳しい。でも、自分の浅はかさや無力さを里香も自覚したから顔が赤くなったのかも。
そして笹川さんもまた独り身であることが、ひょんなことから判明する。
ただ厳しいだけの人じゃなかったんだ。そうはいっても、里香だって軽い気持ちじゃなかったし、“人生のパートナー”を迎え入れるつもりだった。でも?
自分が世話をしないと死んでしまう命と生きるって、やっぱり重たいよ。
笹川さんの経営するバーに通い始めた里香は、保護猫団体の話をいろいろと教わるように。というか猫の話しかしないし、友情も恋の予感も無。本当に無。そしてある雨の夜、里香と笹川さんは子猫を保護する。
ふかふかのタオルにペットボトル湯たんぽ。なんとか命は取り留めたけれど、乳飲み子2匹を誰が面倒みる?
ここでも里香は独り身の不適格。すると!
公務員の里香と、バーテンダーの笹川さんの二名体制なら子猫を守れる! こうして二人の猫最優先の同居生活が始まる。保護猫ライフ入門書としてもおすすめできる作品だ。
「ただの協力者」
子猫2匹は里香の広い家に預けられ、笹川も里香の家で寝泊まりすることに。大人たちが一つ屋根の下で同居する……ただただ猫のために。しかしこのお世話が大変なのだ。
子猫の毛深い絵がかわいい。かわいいが、2時間おきにミルクを与え、排せつをうながして、哺乳瓶は必ず煮沸消毒しないといけない。保護猫ボランティアを一人きりでやりきるのは難しいだろうなあ。
そして大きな猫こと人間二名の会話は弾まない弾まない。でもそういう二人なのだ。
友人でも恋人でもない。猫を育てる“ただの協力者”としての関係。このマンガは保護猫を育てる日常を描いているが、里香や笹川さんの「独り身でいること」をデリケートにすくいあげていく。
「そうは言ってもいつかは好きな人ができるんじゃない?」なんて口が裂けても言えないよ。
子猫はどんどん大きくなって、里香と笹川さんになついてくれる。でも彼らはこの2匹を飼っているわけじゃなく、一時的に保護しているだけ。
そして里香は笹川さんにある提案をする。
ただの飼い主同士で、このまま暮らしませんか? 読んでいるこちらも「ああ、それがいいんじゃない?」とごく自然に思っちゃう。
もちろん「現実的な心配」はいくらでも出てくる。
「恋人でも夫でもない10歳上の男の人と暮らしています」と狭い田舎で知られたらどう思われる? でも里香は笹川さんと大好きな猫2匹と暮らしたい。
「好き」が理由ではない誰かとの人生もあるんじゃないか。大切なものを一緒に見つめ続ける生活は、とても自然でまっとうなんじゃないか。そんな気持ちになってくる。
猫が大きな猫に対して保つ絶妙な距離感にも似たこの関係。さあどんな生活が待っているでしょう。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori