今やすっかり漫画・ラノベ界の一大ジャンルを築いた「転生」モノ。定番といえば、現実世界で冴えなかった主人公が異世界に転生し、チート能力を得て大活躍する作品たちが挙げられるでしょう。ただ、「転生」=異世界、というわけではありません。転生とは「生まれ変わること」であり、転生先が異世界ではなく現世界、しかも過去の自分というケースもあるわけです。チート能力はなく、頼れるのは、一周目の人生で得た自分自身の経験と記憶です。
本作は、主人公の黒瀬航平(くろせこうへい)とその妻・柚花(ゆずか)が離婚した直後、交通事故に巻き込まれてしまうところからストーリーが始まります。
これは事故直前の場面。心底憎み合って別れる、というわけではなさそうな雰囲気が伝わってきます。
事故後、航平が目覚めたのは自宅のベッド。目の前には、大人であったはずの妹が中学の制服を着ていて、航平は自分が転生したことを知ります。転生初日は、高校の入学式当日。新しい人生を始めるのはうってつけの一日です。
ここで、転生前の人生で妻だった柚花とは、高校時代のクラスメイトだったことが明かされるのですが、もうひとつ、重要な情報がもたらされます。
夫婦、いや、元夫婦揃っての転生です。柚花も転生していたことを航平が察する大事なシーンを、彼女が結婚後の苗字である「黒瀬」をうっかり名乗ってしまうことで見事に表現。汗を垂らして焦る航平に思わず笑ってしまうと同時に、結婚生活での癖や慣習とはいえ、それでもナチュラルに自分を「黒瀬」と言って顔を赤らめてしまう柚花に、心底相手を憎んでの離婚ではないのでは?という疑問もちらつきます。
1巻序盤の見どころのひとつは、この転生発覚にまつわる展開。航平は相手の転生に気づくことができましたが、一方で柚花もまた、航平が転生しているのではないかと気になる様子。
少しでも情報を引き出そうと探ってくる柚花と、これを回避しつつ二周目のこの人生では柚花とかかわらないようにする航平。別々に書店を後にしたふたりはこのあと、思わぬ場所で遭遇します。
死ぬほどに雷が苦手な柚花を心配する航平。最初の人生で、この日この場所で落雷があったことを記憶していた航平は、このままでは柚花が雷に打たれてしまうかもと考え、声をかけたのです。
一周目の人生で結婚生活は破綻し、離婚という結論に至ったわけですが、そもそもふたりの転生は、轢かれそうになった柚花を航平が身を呈して救おうとした交通事故が引き金でした。
また、柚花を落雷事故に遭わないよう対処する航平の姿勢からは、結婚生活はうまくいかなかったし、確かに「嫌い」という気持ちは生まれてしまったけれど、「憎い」わけじゃない、という、感情の曖昧な境界線が浮かび上がってくるよう。
航平の転生については、早い段階で、思わぬ形で柚花にバレてしまいます。
柚花と航平、ふたりの表情が最高過ぎませんか。本記事の冒頭でも触れた場面と合わせて、ふたりがそれぞれお互いの転生に気づくこの2つのシーンは、大ゴマにふさわしいインパクトを残してくれると同時に、本作への期待が膨らむ名場面。
お互い高校生に転生した航平と柚花が、結婚生活においてたまったわだかまりを抱えながらも、もともとは惹かれ合って結ばれたことが示すように、夫婦時代のいがみ合いとは違う、仲の良さから生じる微笑ましい喧嘩を繰り広げながら高校生活を謳歌する様子が描かれていく本作。航平の転生がバレた直後にはこんなやり取りも。
さらにふたりが、ひょんなことから漫画研究会に入部することになる際には、こんな喧嘩も勃発。
そこで繰り広げられるのは、漫研会長の言葉通り、「仲睦まじい」とすら言いたくなるような痴話喧嘩。
本作の原作を務める猫又ぬこはあとがきにて
昔から仲睦まじい関係性が大好きで、そういったキャラクターばかり書いてきた反動か、ふとケンカップルを書いてみたくなったのが、本作が生まれたきっかけです。
と語っています。
「ケンカップル」とは、いつも喧嘩ばかりしているカップルのこと。喧嘩を通じて、逆にふたりの仲の良さを表現してくことになりそうな本作。1巻だけでも、ストーリーの端々から、ふたりが相手のことを憎んでいるわけでないことが伝わってきます。
また、ちょっとしたボタンの掛け違いから生じた感情のズレを修復できず、結果として離婚に至ってしまったのではないか、ということも匂わせており、二周目において「二度と関わりたくない」と航平が考えたのも、好きだった柚花のことを二度も嫌いになりたくないからでは……などと想像してしまうくらい、むしろ深い愛情を感じずにはいられないのです。
ラブコメらしい笑いも散りばめつつ、苦い後悔を抱えながら二度目の人生をやり直す航平と柚花が、どんな微笑ましい喧嘩を繰り広げながら、愛を深めていくのか、いかないのか。温かい目で見守りたくなる、そんな作品です!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009