エロ系ギャグマンガかなって思うじゃん?
『はかばなし』に関しては話したいことが山ほどあるのだが、ある日、我が家で家族(あまり笑わない、ネトフリ渾身の話題作を見ながらちょっと首をひねるタイプ)が「ブハハハハハハ~!」と今までに聞いたことがないような大爆笑をしており、心配で様子を見に行ったらその手に本作が握りしめられていたことは、どうしても書いておきたい。ああ、読んじゃったか、威力抜群だな、すごいや、絶対いいレビューを書かなきゃ!と思った。
このマンガを手に取った全員を絶対に涙目にしてやるぞという覇気を感じる。しかも手の内がまったく見えない。それなのに最終的には宇宙や希望すら透けて見えてくる。恐るべきマンガだし、私は嘘を言っていない。
最初はね、エロ系ギャグマンガだろうなって思ってたんですよ。
「墓場まで持ってった的なエロい話=はかばなし」である。このニヤけた目つきの男の名は“閻丸”。閻魔大王に即位(?)して間もない若き閻丸の仕事は、人間の「転生先」を決める最後の審判を下すこと。現世での経歴や人柄を知り、人間だったり人間じゃない何かだったりに転生させていく。その判断材料として墓場まで持ってった的なエロい話を死者に語らせているのだ。
なお先代の閻魔大王は性欲に関する聞き取り調査をやっていない。完全に閻丸のオリジナルスタイルである。
で、死者の方も割と素直に話すのだ。ちゃんと墓場まで持って行ったあとだし、まあいいっしょ、ということなのだろうか。
きたっ! 真面目な岡野圭一が墓場まで大事に持って行ったエロ話、ぜひ聞かせてくれ。
真面目な人柄と何気ない日常の景色がその後に控えるエロを煽ってくる。
エレベーターの故障で外に出られない! 後ろにいる6階の住人は、幼い息子と夫が家で待つ人妻だった。
外界から隔絶された蒸し蒸しのエレベーターに1時間ほど閉じ込められた2人は、次第におかしなことになっていく。
すでにエロい。救助はまだか。さらに彼女から衝撃の告白が。
待ったなしだ! さあどうする岡野圭一!
この提案に理由が2つもあることに驚きを隠せない閻丸。真面目な彼ならではの理由だった。だからエロくない。なのにエロい。
そしてエロのラッシュが始まった。手加減なしだ。閻丸が「いや~凄かったなぁ」と感心し、廷内が静まりかえり、こっそり様子を見ている先代の閻魔大王すら大興奮のドエロ話だった。
ああエロかったエロかったと満足したあとに審判が待っている。読んでるこっちは等身大のエロの凄みにやられて本来の目的をカラッと忘れそうになるが、閻丸はちゃんと転生先を決めていく。
エレベーター尿意事件をきっかけに命を落としてしまった、ある意味生命がほとばしる男の転生先は、人間ではなく「俺の中では人間より上」な生物だった。これは読んで確かめてほしい。エロくて、非常にくだらないのに、締めは少しハートフルだ。賢者タイムの一種だろうか。
予定調和がどこにもない
閻丸のはかばなし審判が無限に続くマンガなのだが、これがもうまったく飽きない。みんなちがってみんないい、どんどん死んでくれ、と思う。
ある者は初体験を語り、
ある者は安アパートの壁越しに響くあえぎ声から始まった交流を語る。
そんなオンリーワンのエロ話を読み続けると、なんでだか私の心が自由になってくるのを感じる。何事かしら……と思っていたら、とんでもないスペシャルゲストがトドメのように投入される。
スローセックスの提唱者・アダム徳永氏だ。死んでいいんだ!? なお白装束にプリントされた「ゐ」には驚愕の事実が隠されている。むせるくらい笑った。
そんなアダム徳永氏が墓場まで持ってくエロ話とは?
エロいとか、エロくないとか、そんな矮小なところにいちゃダメだなあ。本作は後半へ行けば行くほど自由になり、予定調和がぶち壊れる音がする。エロを高速でぶん回しすぎてどんどん遠くへ行ってしまう遠心力のお手本のようなマンガだ。だからみんな笑っちゃうんだろうな。
スペシャルゲスト回は前編と後編で大展開されるのでじっくり読んでほしい。そしてこちらの人物も閻丸の前に引っ張り出されるはめに。
よくぞ来てくれました。「神回」という言葉がここまで似合う人が出てきて大丈夫なのだろうかと思ったが、見事な神回だった。田代まさし氏といえば、もうアレしかない。マーシーのはかばなしが聞けるのは本作だけだ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori