「荒んだ巣窟」と化したメタバースで起きた、謎だらけの凄惨な事件
舞台は2040年。VRゲームはもちろんVRライブ配信、VR出社など、日常生活にVRがすっかり浸透している時代である。5年前には、メタバース(仮想空間)へのフルダイブ(意識全体を仮想空間に潜り込ませること)が可能になる技術が開発され、脳が睡眠状態のままメタバースで五感をフルに活用して行動できるサービス「リバース」が、一躍人気コンテンツとなっていた。
しかし「リバース」への継続的なログインにより、睡眠障害を発生したと訴えるユーザーが続出。現実で「満たされている」ユーザーたちは「リバース」を去り、彼らは別の「覚醒状態でログインするフルダイブサービス」に移行していく。すでに「リバース」は、必然的に現実世界が満たされていない「持たざる者共」の集う、荒んだ巣窟となっていた。
主人公は、そんな「持たざる者共」のひとり、橘星太。本が好きで「小説家になりたい」という夢を持っていた大学生4年生だ。しかし、現在はその夢を「現実的じゃない」と自ら否定し「一流企業に就職しなきゃ」と空回りする就職難民になっている。
彼が一流企業への就職にこだわる理由には、4年前に命を落とした極めて優秀な弟・深月が深くかかわっていた。「なぜ深月のほうが(死んでしまったんだ)……」という、誰が発したかもわからない声が強迫観念となり「深月のように優秀な人間にならなければ」と追い詰められ続けていたのだ。
今日も面接が失敗に終わり、「リバース」に潜って必死で履歴書を書く星太。そこでリバース内の読書サークル「カッコーの巣」に勧誘され、葛藤の末に入会を決意する。
その直後、サークルの仲間の一人と話をしていた星太は、「リバース」内で起きた謎の集団「Q」によるテロ(プレイヤー襲撃事件)に遭遇。しかも、本来はメタバース内で命を落とそうが現実世界の肉体には関係ないはずだが、その日に襲われた10名のうち星太を除く9名は「リバース」内で襲撃されたのと同時刻に、現実世界でも絶命していた。
現実世界に戻っていた星太は、動画サイトで生配信されていた「Q」による犯行声明を見て愕然とする。その首謀者がキグルミ(メタバース内での仮装)を取ると、4年前に死んだはずの弟・深月の顔が現れたのだ。
犯行声明動画の中の深月の発言を噛み砕くと「現実世界やメタバースを含めたさまざまな場所で許されざる罪を犯しながら、仮想世界を転々とし、名前を変えるだけでのうのうと生きている悪人たち」の粛清が、謎のテロ集団「Q」の目的らしい。
「Q」の首謀者は本当に死んだはずの深月なのか。もし深月だとしたらなぜよみがえり、凄惨なテロ行為を主導しているのか。星太はその謎を解くべく、ふたたび「リバース」に潜る。
急ハンドルっぷりが魅力のストーリー展開に心を奪われる
なぜ、「Q」のメンバーはメタバース内での殺人で、現実世界の人間を殺せるのか。さらには、なぜ同じように殺されたはずの星太だけが無事だったのか。
全主要キャラクターの中で、その素性がある程度以上判明しているのは、主人公の星太のみ。誰もが何者にでもなれるメタバース内の物語だけに、物語内の登場人物は正体不明のキャラだらけだ。
「リバース」にて危険を承知で星太とともに「Q」の謎に立ち向かうのは、通称「うさ太郎」。普段は大きなウサギの“キグルミ”に身を隠しており、入会直後の星太と大ケンカした少女だ。自称・肉体派らしく運動神経の良さは見せているが、どんな素性の少女なのか。
読書サークル内で庇護欲を掻き立てるような圧倒的な“人見知り感”を出していた少女・アカネも、物語の中で唐突に想像を大きく超える豹変を見せる。また、星太を読書サークルに勧誘したノリ軽めな会社員(風の男)・畑中も、窮地で謎の“ツワモノ感”を出し始める。
正直、ストーリー展開の急ハンドルっぷりが、かなり刺激的で面白い。メタバース「リバース」内のさまざまな場所で、息もつかせぬほど同時多発的に進行していく謎多き事件は、最終的には「リバース」誕生に隠された真実へと繋がっていくらしい。
あまりの展開の読めなさに、イチ読者としては「これ、ホントにキレイに風呂敷たためるの?」と心配しつつ、次巻を心待ちにしたい。
レビュアー
編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』、『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。