スパルタ。古代ギリシアにおいて、一時期は覇権を握った軍国主義体制の都市国家です。少数の市民が多数の奴隷や半自由民を支配するため、市民に対して武を重視した厳しい教育を施していて、これは現代でも使われる「スパルタ教育」の語源ともなっています。
そんなスパルタを舞台に展開していくのが本作。主人公のイアソンは、奴隷階級に属する十代の若者です。
そして彼ら奴隷たちを支配しているのが――
スパルタ市民はやりたい放題。奴隷などもはや人以下の扱いで、命などあってないような存在です。イアソンの反応が気に障ったスパルタ市民は、強烈な拳でもって襲い掛かりますが……
イアソン危機一髪。リーダー的な男によるとりなしで、なんとかその場は収まりました。スパルタ市民の攻撃を回避した点も含め、どうやらイアソンは、市民にこき使われ、彼らの気まぐれで殺されてしまう他の奴隷とは少し違うようです。そのことは次のシーンで明らかになります。
イアソン、思い込んだら試練の道。そう、彼は徹底的に身体と剣の技を鍛えていたのです。では、何のために?
この時代、ひどい扱いを受けていた奴隷たちは何度も蜂起していたのですが、強力なスパルタ市民部隊の前に、その多くは失敗に終わっていました。父の反乱もそのひとつ。見せしめのため、大勢の前で処刑されてしまった父の遺志を継ぎ、イアソンは反乱やり遂げるつもりなのです。
そんなある日の夜、ストーリーは大きく動き出します。それは、未成年のスパルタ市民に課せられる試練、いわゆる“通過儀礼”の時期に起きた、ひとつの小さな“反乱”がきっかけでした。他者を服従させ、蹂躙する――その欲望こそが支配者の資質であるという考えから、奴隷を襲って首を刈ることを“通過儀礼”としていたスパルタ。
ペットなど愛護動物の命を奪うことも、動物の愛護及び管理に関する法律で罰せられる現代の価値観でみたら、当時の奴隷は人以下どころか、動物以下ということになりますね。奴隷の身からしたら、たまったもんじゃありません。
ちなみにこの“通過儀礼”は、「クリュプテイア」と呼ばれており、支配者の資質を育む武者修行という視点だけでなく、反乱を率いる可能性を秘めた強い奴隷を見つけて、危険な芽をあらかじめ摘んでしまうという目的もあったようです。スパルタ市民による、恐ろしいまでの奴隷支配システムが垣間見られる制度と言えそう。
今回、イアソンの家族であるヘレネが、悪夢のようなこの“通過儀礼”のターゲットとなってしまいます。
絶体絶命、そんなときに現れるのが主人公ってもんです。
命、風前の灯……! というところでヘレネを救い出し、スパルタ市民と一騎打ちへ。
相手は軍事国家を支えるスパルタ市民。技も体力も敵わず、苦戦を強いられますが、月が雲に隠れたことによる闇夜の出現と、闇を拒絶するほどに鍛えられたイアソンの強力な夜の視力により形勢逆転。奴隷が市民を打ち負かすことに成功したのです。
しかし、ここから本作は急展開へ。衝撃的かつ残虐なシーンが描かれます。
スパルタ市民に睨まれ、ビクついていた冒頭のコマからは想像もつかない狂気を感じさせる、本作第1巻の中でもインパクト大な見開きです。
命乞いを無視して市民を惨殺するイアソンと、その豹変ぶりに怯えるヘレネ、そして彼を観察するように眺めるふたりのスパルタ軍人。それぞれ異なる立場であるキャラクターたちの対比も印象的です。
この一連のシーンで描かれているように、父が反乱の罪で処刑された際に、イアソンは悲しみではなく、恍惚の表情を浮かべていたのでした。処刑する側、つまりは支配者になりたいという抑えられない欲望。それはすなわち、スパルタが標榜する「支配者の資質」でもあったわけです。
この下克上な惨殺を見届けたスパルタ軍人は、イアソンの資質を見抜いたのでしょう、こんな言葉をかけました。
まさに今、イアソンの人生の扉が開いた瞬間。父の遺志を継いで反乱を起こすという目標の奥に隠れていた本当の野望は、支配者になること。そのための第一歩を、イアソンは踏み出すことになるのです。
しかしそれは、決して平坦な道ではなく、あるいは、奴隷よりも過酷な人生かもしれません。これからイアソンが受けることになるのは、市民をギリシア最強の支配者とするために施す戦士教育(アゴーゲ)、またの名を、絶望(スパルタ)。
各地から集められた少年たちは、戦士教育を生き抜いた者が手にする市民権のため、数々の試練に挑みます。この先、イアソンと組んだり敵対したりする新キャラクターたちも続々登場。
奴隷少年イアソンを中心に、都市国家スパルタを描く歴史漫画であり、史実と創作をミックスした壮絶なストーリーに注目の本作。果たしてイアソンは、地獄のような戦士教育を無事終えることができるのでしょうか。彼が挑む支配者への道を、そのゴール地点までしかと見届けたいと思います!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009