パリ襲撃のヴァイキング連合首領の一人であり、のちの初代ノルマンディー公ロベール1世。それが本作の主人公・ロロです。
第1話の冒頭にて、「狂暴すぎて祖国を追放された」「身体がデカすぎて馬にも乗れないらしい」といったうわさと共に、敵軍の間で恐れられている様子が描かれています。
ロロという人物はどれほど強面なのか。これはよほど筋骨隆々に違いない、髭も生えてそう、「がははは」と大声で笑うのでは……と想像を膨らませながらページをめくると
こちらがロロです。周囲に比べてふたまわりくらい小さく、しかもキュートなビジュアル。それだけではありません。
狂暴さの欠片もなく、むしろ「弱気で臆病」などと言われてしまう始末。うわさとは大違いです。
このロロという男、冒頭でも少し触れましたが、歴史上実在する人物です。のちにノルマンディーという名で知られることになるヴァイキング公国の創始者なのですが、彼の子孫となるウィリアム1世はイングランド王であり、今のイギリス王室はこのウィリアム1世から始まりました。つまり、イギリス王室はロロの血筋を引いている、ということになります。
敵軍がうわさしていた「身体がデカすぎて馬にも乗れない」という話も実際に伝わっているもの。
国を興し、巨体と共にその名を轟かせたロロことロベール1世が、実は優しくて泣き虫な男だった……という新解釈で描いたのが、本作『弱虫ロロ』なのです。
ロロには強く優秀で人望もある兄・イーヴァルがいます。
女性ながら戦士として戦場に乗り込むヒルドからも「弱虫」とディスられてしまうロロ。しかしそんな彼をイーヴァルは評価していました。
強くて皆が慕う兄がいるのだから……と、戦いで評価されようなんてこれっぽっちも思っていないロロ。“男らしくない”彼に、ついイーヴァルは語気を強めて叱責。
ロロが生まれたばかりの頃、ただただ慈しんでいたあの頃を思い出すイーヴァル。彼は戦いに秀でていますが、決してそれだけの男ではありません。ロロの言葉を受けて、こんな風に悩んでしまうのですから。
そんな兄弟の苦悩をよそに、とある事件が勃発。海岸に鯨が打ち上がったとの報告が届き、一同騒然となります。鯨は一頭分で一族郎党の腹を満たせるほどの価値があり、争奪戦が繰り広げられることも。急ぎ海岸へと向かったイーヴァルたちは、先に到着していた、もともとこの地を領土とする一族と、鯨を巡って戦いが始まります。
ヒルドも容赦なく剣をふるい、敵をなぎ倒していきます。そりゃあロロを「弱虫」とこき下ろすだけあります。実に頼もしい……!
もちろんイーヴァルも盤石。かつて彼に殺された家族の仇を討つべく襲いかかる少年相手に、余裕綽々です。
ところが、油断大敵とはまさにこのこと。
イーヴァル、万事休す――! と、次の瞬間!
このシーンで一気にロロというキャラクターが全てをもっていきました。これぞ主人公。ここまで、気は優しいけど弱虫で臆病、というフリをたっぷり効かせたのち、長距離から矢を放ち、兄の窮地を救う見事な腕前(と度胸)を披露。単なる弱虫にできる芸当ではありません。
この後に続くコマで描かれるロロのモノローグと、イーヴァルがロロの弓スキルに驚嘆する様が、兄のピンチを鮮やかに救った名シーンの余韻をたっぷりと味わわせてくれます。まるで物語のエンディングかと思うほどドラマティックなのですが、ここはまだプロローグ。
ちなみに戦場嫌いのロロがわざわざこの場に駆けつけたのには、理由があります。少し前にロロがイーヴァルと話をした際、こんな描写があったのです。
兄の剣から発する異音に気づいたロロは、もしかすると剣に不具合が生じしているのかも、と不安に思い、兄に代わりの剣を届けるため、鯨を奪い合う戦場へとやってきたのでした。
さて、ついに主人公らしさを発揮したロロですが、そうなるとここまで主役のような強さと人望を兼ね備えていたイーヴァルは、その役目を終えることになる……というのは、自然な流れ。
鯨争奪戦から4ヵ月後、ある戦いで深手を負って帰還したイーヴァルは、絶命の間際にロロの名を呼び、過日の思い出を頭に浮かべながら、ロロに想いを馳せるのです。
こうしてイーヴァルからロロへとバトンは繋がれ、今度はロロがリーダーとして、皆を引っ張っていく立場になっていきます。イーヴァルはロロの才(弓矢の腕や優しい心)を認めていましたが、戦士ヒルドをはじめ、味方からの信頼はまだ得られていません。また、ロロたちが仕えるハラルド王(のちにノルウェー全土を統一した王)も、ロロを品定め中。
平和を望む優しい心、そして兄の剣の異音に気づく注意深さや抜群の弓スキルをもつ異色のヴァイキング。巨体を誇り、略奪行為ゆえ国外追放、そして他国に侵入し、また略奪……そんな従来のロロ像とは異なる、新解釈の壮大な物語の中で、“優しくて弱虫”な新ロロは、いったいどんなやり方で人々を率いていくのか。
女性キャラにも見えてしまうほど可愛いロロをはじめ、綺麗なタッチで描かれる各キャラクターたちのビジュアルも素晴らしく、シリアスなドラマとコメディがバランスよく配置され、その揺れ幅の中で気づけばグイグイと心惹かれてしまう本作。この先の展開が楽しみでなりません!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009