子供部屋おじさん、恋愛トレーニングを始める
35歳実家暮らし、彼女なし。漫画やフィギュアにお金を使うけれど、オタクというほどでもない。本作の主人公、悠木慎司の設定に自分を重ねる人は、多いんじゃないだろうか? 世間一般的に「子供部屋おじさん」に仕分けられる彼は、そこそこ仕事もできるし気遣いもできる。一方で、押しが弱く、優柔不断で、恋愛対象としては……、決め手に欠ける。
「ギャー、やめてくれー」「嫌われないように当たり障りなく接するのが、そんなに罪かぁ~!」と、枕に顔を押し付けて絶叫したくなるエピソード。そんな彼に、タイトルどおりの「ドラマな恋」が訪れる。
ある日、出張中の悠木は、新幹線の車内で急病の老人と遭遇する。悠木の「この中にどなたかお医者様はいらっしゃいませんか!?」という叫びに、元看護師やAEDの資格を持つ人など6人が現れて窮地を脱するのだが……、そこで大きく新幹線が揺れる!
相手は女性医師……。ドラマみたいな「あの展開はさすがに現実味ないよね!」って展開。しかし、物語はさらなる展開を見せる。一命を取り留めた老人は、タワマン住まいの大金持ち。今回の一件で子供たちと暮らすことになったので、自分が住んでいたタワマンに命を救ってくださった皆様でお住みください、とのご提案。そうして始まる6人の共同生活!
この瑛理子さんって女医さん、天然かつ無防備すぎて、もはやサイコ風味が出ているのですが、まだまだドラマ的展開は止まりません! 住人たちのホームパーティで、悠木は酔った勢いで大人になりきれない自分について、瑛理子さんに語ってしまうのですが……
……。
はい! 皆さんが今、思ったことを悠木の後輩が代弁してくれます。
明日のために、その1「手をつなぐ」
こうして悠木と瑛理子さんの恋愛トレーニングが始まります。
その1「手をつなぐ」
その2「待ち合わせて一緒に帰る」
その3「一緒に実家に行く」
その4「週末デートに行く」
明らかに、その3とその4の順番がおかしいのだけど、瑛理子さんはそういう天然の人。瑛理子さんは、悠木の気持ちをブンブン振り回していく。「基本から」というタイトルなのに、超変則的! でも素敵!
ここで大切なのは、瑛理子さんは「恋愛」ではなく、「恋愛トレーニング」をしているつもりだということ。悠木は、この疑似恋愛を恋愛にしたいけど、瑛理子さんはあくまで疑似恋愛のつもり。その恋愛と疑似恋愛の壁を、乗り越える? 乗り越えられない? というところがラブコメのポイントになっている。そのラブコメをさらに面白くしているのが、悠木と瑛理子さんの30代半ばという年齢設定です。
高校生や20代の男女のように「キュン」や「ドキッ!」で突っ走れない。年収、ステイタス、結婚など、いろいろな要素や思惑が恋愛に絡む年頃。さらに、悠木も瑛理子さんも恋愛弱者ではなく、「交際はしたことがあるけど、恋愛はしたことがない」という自己認識が意外に面倒。「年相応の恋愛経験」より、社会生活で「当たり障りのない人間関係の構築法」を先に獲得しちゃった悠木なんて、いざ恋愛に向き合っても「なにをどうしたらいいの?」って感じなんだろうなぁ。分かる! 分かるけど、そもそも「年相応の恋愛経験」なんて基準はない。でも、あると思って焦りを感じ、うまくやっているまわりの人間を見て劣等感を抱く30代半ば。分かりすぎて怖い!
悠木も、瑛理子さんも、多分恋愛の基本の「キ」から始めなきゃいけない。「30代半ばになって、それをやらなきゃいけない?」みたいな、小っ恥ずかしい恋愛トレーニング。そこに「キュン」や「ドキッ!」を詰め込もうとする本作を、照れずに読もう! 読めばきっと道は開かれん!
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。