恋をする日のランジェリー
大学1年の春、英語の講義の1分間スピーチで、ある同級生が「渋谷のスペイン坂にあるランジェリーショップでアルバイトをしています」と言った。本当にクラッと目まいがした。そんなロマンティックな仕事があることと、その世界に臆せず飛び込んだ彼女に、心の底からあこがれたのだ。以来、ランジェリーショップ巡りが趣味になり、今でも続けている。
私がランジェリーを大好きな理由を『恋をする日のランジェリー』は代弁してくれている。もう、1ページ1ページにクラッとくる。
ヒロインの“北沢菜純(きたざわなずみ)”が手にしているものは、タンガと呼ばれるランジェリー。リボンのツヤとなめらかさが読んでいるこちらにも伝わってくる。そして、それは見た目以上に繊細で極上なのだ。こんな極上のランジェリーが自分の手元にやってきたら、絶対に恋をしてしまう。
そこ笑うとこなのかよ
菜純には忘れられない男の子がいる。
“玲於(レオ)くん”は菜純の幼なじみ。ピアスをたっぷりつけて、金髪で、夜な夜なコンビニでたむろしているタイプの、いわゆるヤンキーだったレオくんは、いきなり東京へ引っ越してしまった。菜純に「東京来いよ!」とだけ言い残し、連絡先も告げず。
やがて菜純は上京して服飾系の専門学校に入り、卒業後は縫製工場に就職したものの1年で閉業。その後も解雇や失業を繰り返し、24歳となった今ふたたび無職。目下求職中。そんな菜純についたあだ名は「クローザー(閉じる者)」。
なんとか食いつなぐために、菜純は友人から紹介された仕事に飛びつく。
期間限定のお店の臨時スタッフの仕事。いまの菜純には短期の仕事のほうが好都合だった。だって「クローザー」なんてからかわれなくて済むから。
そんな短期の現場がこちら。
ランジェリーブランド“Leo”の百貨店でのポップアップストアが、菜純の次の(一時的な)勤め先。ちなみに百貨店のポップアップストアというのは試験のようなものだ。その短期間に売上がとてもいいと、やがてそのブランドは常設で扱われるようになることも。ブランド側の意気込みは相当なものなのだ。
そして菜純もまた、特別な気持ちで売り場に立っていた。
忘れられない男の子・レオくんと同じ名前のブランドだから。
このお店での菜純の担当は会計とラッピング。
薄葉紙からランジェリーを取り出すときのあの高揚感を思い出して胸が熱くなる。菜純も仕事を覚えていざ開店。ポップアップストアは大盛況! 高価なランジェリーが飛ぶように売れていく。でも……?
菜純が接客をしたら「おねーさん“でも”穿けるんだねー」と客から言われてしまう。つまり太めの体型をからかわれたのだ。笑ってごまかす菜純。すると!
直球なツッコミ。ん?
そのピアス、その金髪、その声。もしかして、レオくんじゃない?
俺がなっちゃんに作った
菜純はレオくんと再会を果たす。
大人になったレオくんは、東京でランジェリーデザイナーになっていた。ポップアップストアでのあの出来事を覚えていたレオくんは、菜純に小さな箱を渡す。
リボンがかけられたその箱の中身は、冒頭で紹介したリボンのタンガ。もう泣きそう! でも菜純は「あのお客さんの言うとおり、(サイズが合わなくて)穿けなくてね、へへへ」と笑う。
クローザーと友達に言われたり、初対面の人に失礼なことを言われてもヘラっと笑うのは、傷つきたくないから。でもそこで笑っちゃったら、誰が自分を救うの?
菜純があのとき一生懸命ポップアップストアで働いてたことを、レオくんはちゃんと見ていたのだ。そしてサイズ展開や、菜純のからだにフィットするデザインも考えてくれた。
だからこのマンガは、レオくんと菜純のラブストーリーであるとともに、菜純が自分を大切にする物語でもある。
「私なんか」を頭から追いやって、忘れられない男の子が自分のために作ってくれたすてきなランジェリーでからだを守る。
私がこのマンガで一番大好きなページ。こんなふうに「似合ってる」と口にするまでに、菜純はたくさんのハードルを越えていく。
菜純が自分から進んで「やりたい」と思った仕事、それはレオくんがデザインしたランジェリーを縫うこと。できる?
運命が開けていく音がする。きっとできるよね。レオくんのまなざしがあったかいよ。どうかいろいろうまくいきますように……!
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori