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2024.07.22

レビュー

1本のポールが少女を変える奇跡の物語『POLE STAR』。武器はポールと己のみ!

私は正しかったし、まちがっていた

5月のある日、ひさびさに会った友人が「ポールダンスのマンガがあるんですよ~」と私に教えてくれた。まさに本稿で紹介する『POLE STAR』のことだった。

なぜ彼がわざわざ知らせてくれたのかといえば、かつて私がポールダンスを習っていたからだ。千駄ヶ谷にあったスタジオに通い、練習させてくれるバーを探し、自宅の狭い部屋にもポールを設置した。その結果、普通の鉄棒での逆上がりは人生で一度も成功したことがないのにポールならば必ず逆上がりできる人間になった。

本作で胸を震わせるためにポールダンスの経験者である必要はまったくないけれど、あの世界に心を奪われ身を燃やす人たちの生態がなつかしくて「そう、そうなのよ」とワナワナしてくる。

ポールダンスは、自分のからだに自分で火をつけるようなダンスだ。



自分で火をつけるくせに、同じくらい自分を慈しまないと絶対にうまくならない。


初練習やブランク明けの翌朝は全身が焼き切れたような筋肉痛に苦しむ。


ここまで重力を消すには、筋トレ、ストレッチ、トリックの練習、トリックを美しくつなげる練習を無数に積み上げなきゃいけないはずだ。



そして「そういうイメージ」があって、そういうことを期待されるのもわかっている。でも、そんなことに尻込みする余裕もないくらい、ポールダンスは美しい。



そう、めっちゃかっこいい。読みながら「そうなのよ~」と自分の中で答え合わせをしていたが、やがて「ああ私はまちがっていたよ」と気がついた。



ポールをやめるべきではなかったし、ポールをやめたからといって「終わり」でもないのだ。

熱海、母、娘

“ややの”は中学2年生のときに“お母さん”と二人で熱海へ引っ越した。熱海はお母さんの故郷だ。6月という中途半端な季節に決まった急な転居だった。



お母さんは能天気で夢見がち。そして惚れっぽい。すなわち超絶だまされやすい。ワケありのフルコースのような引っ越しだ。



母よ、3度も街にいられなくなるってよっぽどじゃないか。



このほんの数ページで、この母娘の関係と、ややのがどんな少女なのかが痛いほど伝わる。



憂いを帯びた表情、どんどん遠ざかる自分の生活と、やがて見える海。そして少女と女が混ざり合って膨らんだような優しい優しいお母さん。とてもいい。

お母さんは、職を求めて熱海のとあるホテルを訪れる。



旅情あふれるホテル「ニュー・イワマ」で当時お母さんは“イワマの女神”と呼ばれていた。実は、ややのが生まれる前、お母さんは「ニュー・イワマ」の人気ポールダンサーだったのだという。



初耳だった。お母さんは、なんで教えてくれなかったんだろう。

お母さんの特技なんてこれしかないから

お母さんは再び「ニュー・イワマ」のポールダンサーになろうとしていた。



13年間ちゃんと体を鍛えてケアしていたのだという。ポール経験者はここで「あ、ある程度はいけるはず」と思う。一度でも火をつけたことがあるなら、あとは大丈夫なのだ。



ね? ポールに膝をひっかけて、ぷらーんと反対側の脚を下げるとこうなる。そして「ここに置かせてもらうためにはショーに出なきゃ!」という言葉を思い出して胸がグッとなる。

踊れる~! とはいえ現役時代のようには滑らかではない。体型も昔とはまるでちがう。「ニュー・イワマ」のスタッフたちの表情は厳しい。それでも、ややのにはお母さんがかっこよく見える。

お母さんはどうしてポールダンスを辞めちゃったの?



現役のポールダンサーがお母さんの名前を聞いてウットリするくらい、お母さんは「ニュー・イワマ」のスターだったのに。



うつむくお母さんの顔と沈黙に長い物語を感じる。

イワマの女神こと“みっち”は、ややののお母さんになってから、ステージを降り、全身にたっぷり脂肪をまとった。筋トレとストレッチだけは続けて、いざとなったらステージに上がって全身をさらけだしてポールに身をあずける。

スターと呼ばれた頃と比べるまでもなく、ダンスの力量は失われたかもしれない。



でも「その人の望む姿」になる力だけは、長い年月も、ろくでなしの男たちも、彼女から少しも奪えなかったことを『POLE STAR』の1巻は描く。実はその力を発揮し続けて彼女は生きてきたんじゃないかとすら思える。



明るさを増したお星様のようなお母さんの姿は、ややのを変えていく。

2巻が待ち遠しい。ややのに火がつくことは間違いないだろう。そのあと彼女に待っていることも、ほんの少しだけ想像がつく(大変だよ~! でも絶対おもしろいよ~!)。そしてどんなふうに踊るのだろう。熱海の海風に踊るようなスピン。見たくてたまらない。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori 

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