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2024.06.28

レビュー

レペゼンクソガキ、魂ブッ刺すラップで希望を叫ぶ!『咲花ソルジャーズ』

一度は道を踏み外した“クソガキが紡ぎ出す
ストレートなライム&フロウが胸を打つ

 主人公は、母を亡くし祖母と暮らす中で半グレ集団から弱みを握られ、気づくと“ヤクザの犬”と化していた青年・米原和(カズ)。
クソのような日常から脱出したいと、もがきながらも叶わず、絶望的な気持ちでケンカに明け暮れていた。

そんなある日、カズはかつての同級生・マオと再会。マオの導きで、地元の「咲花駅前」で毎週行われているサイファー(集団で行うフリースタイルラップ)に出会う。

はじめは「ラップなんかくだらねえ!!」と集団から背を向けるカズ。
しかし、即座にその言葉に反応した集団の一人、カーリーから、ラップバトルを挑まれる。

お前の怒り 苦しみや憎しみ
教えてくれよ お前の日常 お前のリアル

 それに対してカズは「ラップというにはあまりに稚拙ながら、あまりにストレートな叫び」で応える。

 

俺はっ‥‥ 咲花生まれ 米原和だ!
親父はいねえ 母ちゃんとばあちゃんと暮らす!
だから貧乏だったガキの頃 だからイジメもあった だけどっ‥‥ 俺はっ!
そんなバカはブン殴った! 負けてたまるか! バカヤローどもが!!
死んだ母ちゃんが言った 最期の言葉 "強く生きろ"って言ったんだ!
誰にも負けねぇ そう決めた! ‥‥だがっ‥‥
次から次にっ クソみてえなヤカラ!!
人の弱みつけこんで 脅してきやがる
金!金!金!! 俺も気づきゃ 立派な半グレ!
だけどっ‥‥ 俺はっ‥‥ 俺はっ
抜け出してぇよ! クソったれ畜生!!
抜け出してっ・・・ 抜け出してっ・・・
抜け出してっっ・・・ 
抜け出してぇんだよおおお――!!

幼いころから口下手で「口より先に手が出る」のが当たり前だったカズ。
己の貧乏な境遇を貶されたり、母親のことをバカにされたりしたときにもすぐに手を出してしまい、その暴力性の高さから退学にも追い込まれた。

死んだ母ちゃんがカズに遺した最後の言葉「強く生きろ」。
その言葉に応える生き方をしたいと思いながら、地元の半グレ集団に弱みを握られ、お天道様に顔向けできないような生き方を強いられてきた。
そんな“レペゼンクソガキ”(=クソガキ代表)の魂の叫びが、マオ、そして地元のラッパーたちの心を動かす。

そしてカズ自身も、ラップとの出会いにより魂を揺り動かされ、ついに“ヤクザの犬”である今の境遇との決別を心に決める。しかし逃げ場もない地方都市で、半グレ集団からの離脱がそう簡単に実現するはずもなく……。

そこからは、さらに怒涛の展開だ。離脱を認めない兄貴分と事務所で揉める中で、自身が撃たれた銃を奪ってやり返す形での殺人未遂事件を起こすカズ。その事件により収容された留置所では、地元で有名な伝説のラッパー「マスターT」と運命の出会いを果たす。
1年半の刑期を経て少年院から出所し、地元「咲花駅前」に戻ってきたカズに、面目を潰された半グレ集団、特に殺されかけた兄貴分からの復讐の魔の手が迫る……。

カズは“ラップとの出会いによって変わった”のか

今やABEMA TVなどの人気コンテンツとしても知られ、メジャーカルチャーの仲間入りを果たしているフリースタイル・ラップ。
リズムに乗って自由自在にライム(韻)を踏み、時にとてつもないパンチライン(決めゼリフ)を生み出すラッパーたちのパフォーマンスは、間違いなく“カッコいい”。
日常に鬱屈し続ける中で、はじめは「音楽で何が変わるんだ」と斜に構えていたカズにとっても、強く惹かれるものがあっただろう。

では、地方都市の半グレ少年・カズは、本当に“ラップとの出会いによって変わった”のか。

もともと無口で喧嘩っ早い性格ながら、亡き母や祖母には頭が上がらない。
街中で強引にナンパされている女の子を助けるなど、正義感の強さと行動力もある。
なにより、自身を取り巻く環境に足を引っ張られながらも、己の弱さと正面から向き合い、そこから抜け出そうともがいていた。

カズはラップとの出会いによって「変わった」わけではない。
自身を縛る“クソみたいな環境”をぶち壊そうとする強い意志とバイタリティを、もともと己の中に秘めていた。それがラップとの出会いによって“解き放たれた”だけなのだと思う。

単行本1巻の著者による「あとがき」に、以下のようなフレーズがある。

ラッパーというと、どうしても犯罪や暴力、薬物といったマイナスなイメージが定着していますが、多くの人がそういった環境から抜け出そうと、音楽の力を信じて必死にもがいています。そしてみんなHip Hopが大好きです。

少年院を出た後も、地元では因縁の半グレ集団やその上部組織などのアウトローたちから目を付けられ、狙われ続けているカズ。まだ、その“クソみたいな環境”から、完全に抜け出せたわけじゃない。

もしカズが、単にラップの上っ面の“カッコよさ”にアテられただけのミーハーな男だとしたら、真の意味で「己を取り巻くクソみたいな環境」から抜け出すことなどできないはずだ。

本当の意味の“カッコよさ”とはどういうものか。
留置所で出会った伝説のラッパー・マスターTが残した言葉「希望を叫べ」を胸に、魂のラップとともに走り続けるカズのこの先の戦いが、教えてくれる気がする。

レビュアー

奥津圭介 イメージ
奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』、『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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