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2024.03.18

レビュー

不動産詐欺──双子の姉妹はなぜなんとなく地面師になったのか。

ふたりの新しい職業は「地面師」

えー、面白いです。掛け値なしに。今すぐ、漫画マニアだと聞くポン・ジュノ監督かパク・チャヌク監督にコミックを送りつけましょう。映画化すればカンヌ、ベルリンで最高賞は確実。アカデミー賞だって夢じゃありません。これは、そういうレベルの物語です。作者は菅野カラン。どちらの天才か、よく存じ上げませんが、一生追いかけさせていただきます。

物語は「英(えい)」と「蛍(けい)」という双子が主人公。



手前の目元に黒子があるのが「蛍」で、鼻に黒子があるのが「英」。とりたてて目立った特徴のない顔。そんな見た目が有利に働く職業がある。それは詐欺師。彼女たちは、駆け出しの「地面師」なのだ。ちなみに地面師とは、不動産の所有者になりすましてカモに売却を持ちかけ、現金を騙し取る詐欺師のことをいう。

物語は、蛍が英を呼び出すところから始まる。蛍は単なる興味から、かつて母を騙した地面師の池田に会いに行ったことを話す。しかし、池田は逮捕寸前だった。そこで、彼が狙っていた不動産物件のリスト、パスポートや印鑑証明、書類一式が揃ったファイルを託されてしまった……。ついてはそのファイルを使って詐欺をやらないか、と英に持ちかける。

このとき、蛍は不動産についてこう語る。


蛍は、土地を「持ってる」ということが理解できない。

だって不動産って地球じゃない?

「まさしく」としか言いようがない。

このあと、蛍の詐欺話を聞いて英が切り返すのだが、ここが秀逸なのだ




この展開、一瞬「どっちがどっちだっけ?」と戸惑う。「あんた本当にそんなことできるの?」と言っていたのに、あれこれ指示を出しているのは英。「実は英が詐欺話に積極的なんだ」とわかり、クスッと “おかしみ” が湧く。

こう名前つきで説明すると、なんということのない流れだと思うでしょ? でもですね、実はこの時点で、ふたりの名前はまだ明かされていないんですよ(第1巻では、ふたりの名前はほとんど出てこない)。「どっちがどっちでしょう?」と読者を弄びつつ、このふたりはあまり犯罪に抵抗がないこと、一方は姉的立場の仕切り屋(英)で、もう一方は妹的立場でちょっと抜けたところがあるキャラクター(蛍)だと理解させている。つまり「顔が同じで、善悪の価値観も一緒。でもキャラクターは違う双子」という超絶ややこしい設定を、見事なダイアローグ(対話)で理解させている!
多分、名前は「英」は「A」、「蛍」は「K」でもいいんですよ。一卵性双生児で遺伝子を共有するふたりは、ある意味一心同体で、名前は記号みたいなもの。だからといって、読むときに「どっちがどっち?」みたいな混乱を招かないように、セリフがめちゃくちゃ作り込まれている。このあと英が髪を切って、ふたりの見た目はさらに見分けがつかなくなるのだけど、それでもまったく気にならない。

やっぱり菅野カラン、天才。確定! 

私は誰のものでもない

ビギナーズ・ラックか、持って生まれた才能か、ふたりの初めての詐欺は成功し、2億円を得る。詐欺をやり遂げた後の感想はこうだ。



土地を「持ってる」という考え方と同様に、父の財産を、父自身を、そして自分たちを「家族だから」という理由で「自分のもの」だと考えていた母を理解できなかった。誰かに所有されることの居心地の悪さ。母と娘という切り離せない関係。しかも父の死によって、ふたりは今も母に所有されているような居心地の悪さを感じている。それから逃げるように、ふたりは誰のものでもない土地を、所有したがる者に売りつけて、居心地の悪さを吐き出しているのだ。

次の計画は、頑なに廃ビルを売ろうとしないオーナーになりすまし、不動産業者に売りつけるというもの。そのためにはニセのオーナー、ニセの中間業者を仕立てる必要があった。そこでふたりが目をつけたのが、患者の歯に(異様に)執着する歯科衛生士の奥という男。


「はやくインプラントを入れて歯列を守らないといけない」と熱心な奥。ふたりはインプラントを入れることを条件に、彼をニセの中間業者に仕立て上げ、カモの不動産業者を騙そうとする。しかし不動産会社のひとりの社員が怪しみ、「買い」を焦る上司を引き留めようとする……、と物語はスリリングに展開していく。

この漫画は、「所有される」ことの居心地の悪さを描きながら、その一方で「じゃあ、自分はどこまで自分のものなのか?」を描こうとしているようにも思える。特にインプラントというのが象徴的だ。歯は自分の一部で、自分そのものだ。じゃあ、自分の歯を抜きアゴの骨にねじ込まれたインプラントは自分そのものなのか? 異物なのか? それとも所有しているのか? 歯科衛生士の奥のように、患者の歯でも自分事のように考える人もいる。同じ遺伝子と善悪の価値観を持っているけれど、人格は異なる英と蛍はどこまでが同じ人間なのか? その境界線はときに混じりあい、溶けていく。この漫画は、そんなこと声高にひとつも言っていないのに、そんな考察を始めると止まらなくなる作品なのだ。

と、ここまで書いて「それ、深読みし過ぎ!」「全然違う」と言われたら、「えっ、やっぱりそう?」と思わないでもない。だって詐欺師の話ですからね。知らず知らずに英や蛍に騙され、カモにされて勝手に“入れ込んで”いるだけかもしれない。でもいい。そして言いたい。「騙されたと思って読んでみて!」と。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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