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2024.03.01

レビュー

卒倒するほどフツー!?  多幸感と不可思議感のるつぼに叩き込んだ『ザ・キンクス』

まずは「エノモト」初心者の方へ

『ザ・キンクス』は、榎本俊二の新作漫画である。榎本俊二をよくご存じでない方に、どういう漫画を描く人なのかを説明すると……、もう第1話の冒頭をお見せするのがいっちゃん早い。





この家の主人、錦久隅夫(小説家)が書留を受け取り、郵便局員を見送り、またハガキを受け取って見送る。映画でいえば長回しカット。一旦、家に入ることもなく玄関先で待つ隅夫の行動は意味不明だ。だからといって、榎本俊二が長回しカットを特徴とする漫画家ではない。例えば、このシーンに続くカット。



妻の栗子は「同窓会に行かない」と言いながら、次のコマでは同窓会に出かけている。映画でいえば時間の経過を飛ばすジャンプカット。この時間の間にドラマのひとつやふたつ入ってもおかしくないが、入らない。これが冒頭の3ページ。

そこになにか意味があるかというと、別に意味はない。無理に意味をつけようとすれば「それは榎本俊二の漫画だから」としか言いようがない。榎本俊二は、ナンセンスギャグ漫画家である。Googleで検索すると「榎本俊二 ナンセンス」が約3万ヒット、「榎本俊二 シュール」が約4万ヒットなので、シュールギャグ漫画でもいいのだけど、シュールとナンセンス(あと不条理?)の境界がわからないので、本稿では書きやすい「ナンセンス」でゴリ押しさせていただく。

最初にシレッと「榎本俊二をよくご存じでない方に」なんて書いたけれど、かつて漫画好きだった40代後半から50代の人に、「榎本俊二の漫画を読んだことがない」という人は少ないはずだ(サブカル好きならなおのこと)。相原コージ先生や吉田戦車先生に呼応するように登場した先生(ごめんなさい、ここまで呼び捨てにして。『GOLDEN LUCKY』読んでいました! 以下「先生」を付けさせていただきます)は、ウンチ、チンポ、首スパーンが溢れる作品を発表。読者の評価は「すっごく好き」「まったくわからない」に真っ二つ。そういう榎本先生の漫画を「ここが面白いんですよ」などと安易に説明するのは非常に、(私には)難しい。

だって、ナンセンスなんだもん!

画業35年にして初の16ページ連載作品

榎本先生が第1巻のあとがき漫画で書いておられるように、一部例外はあるものの『ザ・キンクス』は先生初の16ページ連載作品。なんとウンチ、チンポ、首スパーンが出てこないファミリー漫画。しかし、これがまた、どこを切っても「エノモト印」なのが、ファンにはたまらない。この第1巻には、全7話が収録されているのだが、是非とも読んでほしいのが第5話の「ものがたりができるまで」だ。

あるとき錦久隅夫は、息子の寸助の学校で行われる小説教室の講師を任される。そこで隅夫は、小説を書くアプローチを以下の工程で行うのだ。
生徒たちを屋外の写生に連れ出します。そして



きれいな雲も、美しい山も、仲睦まじい牛も描いちゃいけません。



さっきの風景を思い出して描けというのも意味不明ですが、その前の「べつによくもわるくもありません」って、なにげないセリフが変すぎる。



ここまでくると、もう次になにが来ても「おかしい」と思わなくなるのだが、ここからさらにドライブがかかる!





そして、生徒たちが生み出したラッキーワード(「ラッキーワードってなんだよ」と思うと、なんか笑いが止まらなくなるんですけど)に触発されてしまう隅夫!



なんというか、狂気じみていますよね。榎本大先生の作品を前にして、うかつなことは言えないのですが、これが多分ナンセンスギャグ漫画を描くことの一端だと思うのです(シレッと先生から大先生にさせてもらいました)。言葉、意味、事象や絵、そのすべてを解体、解体、解体に次ぐ解体のすえに生まれる笑い。「これがナンセンスギャグだ」と、定義することすらナンセンスなので解体! そんな無限解体世界のギャグを、16ページ連載のファミリー漫画に落とし込む榎本大先生!

それって、新境地ってやつじゃないですか!

このコミックスを購入された方は、ぜひ第5話を読んでから、第1話「心のきずな」を読んでいただきたい。なんならコミックDAYSのサイトで無料でも読めちゃう第1話なんですけど、第5話のエピソードを踏まえて読むと、圧倒されること間違いなしです。大傑作です。
画業35年のナンセンスギャグ漫画家、榎本俊二大先生の凄み、見事に喰らいました。
ごちそうさま。

レビュアー

 嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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