新橋のサラリーマンが“奴(やつ)ら”に襲われたら?
ともすれば「そんなに働いてどうするんですか?」なんて真顔で言われちゃうような働き方改革待ったなしの令和でも、がむしゃらに働く人は大勢いる。雨が降ろうが槍が降ろうが山手線が止まろうがカチッと定時に出社しそうな彼らは、ひょっとしなくてもこの世の終わりでも働くんじゃないだろうか。たとえば、こんなときだ。
令和の新橋に突如現れたズルズル人間! 本作の題名『サラリーマンZ』のZは、なるほどZOMBIEのZかも。これはサラリーマンとゾンビの物語だ。
ただし、私がこのマンガで最も恐れたのはゾンビではない。
日本の誇り高きサラリーマンは、強烈な事情により帰宅困難者となったその夜でさえ、新橋のど真ん中で夜通し建設的な残業をする。怖いぞ~~! でも美しい。そして謎に活力が湧いてくる。「ワーク・ライフ・バランス」のライフって、別にゆとりある人生ってわけじゃなく、こんなサバイバルも含んでいるのかも。
サラリーマンの朝は早い
『サラリーマンZ』の主人公・前山田雄作(40歳)は働きまくるサラリーマン。新橋に本社を構える複合機メーカー・タケフク株式会社の第一営業部営業課長である前山田の働きぶりを一部紹介したい。
まず、朝は遅くとも5時台に起床する。なぜならJR国分寺駅6時台発の中央線快速に乗り、7時には会社に到着しているから。
始業が9時なのに7時に必ず席にいる課長を想像してみてほしい。前山田が独り言で紹してくれているが、5時半起床でランニングして7時には会議を始める経営者の楠本修二郎氏だって実在するし、早朝に仕事のパフォーマンスを高めるのは素晴らしいことだ。
本作は日本の名経営者たちの言葉や習慣が随所に紹介される。
うん、私の胸にも響くよ。
ちなみに、前山田はJR国分寺駅の自販機で緑茶とおしるこを一気飲みしてから出社している。カフェインと糖分の合わせ技なのでこれはエナジードリンクと同じ。彼の意気込みがうかがえる。
そんなゴリゴリの働き者だけど、他の人への思いやりだってゴリゴリだ。
ぼわ~っと浮かぶ本田宗一郎氏が尊い。しかも上司への気遣いも完璧。他者へのリスペクトが強い。前山田は出世しそうな匂いがプンプンしているし、すでに管理職だ。
そんな彼はゾンビの急襲にどう対応するか。「それ」はある日突然やって来た。
不吉な集団感染の知らせと、連絡がつかなくなったタケフク株式会社の各営業所。日本各地のお取引先様にも電話がつながらない。どんどんイヤ~な状況に。
こんなとき、松下幸之助氏ならどうするの? ここから前山田のサラリーマンセンスが冴えまくる。定時(17時半)に退社しようとした社員をとっさに引き留め、ゾンビ被害を未然に防いだり。
前山田の一糸乱れぬサラリーマンムーブはさらに続く。
上司に判断を仰ぎ、決定事項を全メンバーにあらゆる方法で通達! ひょっとして日本の伝統的な企業は、優秀な社員がいれば、ゾンビ対応に向いてるのかもしれない。
業務中にゾンビに噛まれた社員
ということで、本作はひたすらゾンビの話をしていると同時に、勤勉なる労働者と会社組織の物語でもある。どちらのディテールも超細かい。ずっと忙しくて、ずっと楽しい。さすがモーニング連載作品。
ゾンビあるあるの「仲間がゾンビに噛まれた」なんてハプニングにおいてもサラリーマンイズムが発動する。
いかなる過失や事故だって隠すのではなく「報告」が一番大切。そう、サラリーマンの基本陣形こと「報・連・相」だ。このあと「連絡」と「相談」も当然ある。ちなみに厚生労働省のサイトで周知されている“労働者を守る法律”を思い出しながら前山田がどんな行動に出るのか考えてみてほしい。
そして「ゾンビ怖いよ~」で終わらせないところが前山田の最高にサラリーマンなところだ。
市場(ゾンビでいっぱいの新橋)において、自社(社員のみんな)が生き残るためには、どんな強みが使えるのか。フツーに会議をやってる。
もうひとつ、会社ならではの風景を紹介したい。会社で頭角を現す人にはいろんなタイプがいる。
古式ゆかしいサラリーマンの前山田とはすべてが真逆の“桐谷龍一”もまた、優秀なサラリーマンなのだ。前山田と桐谷の対比が好きだ。細かいところでいえば、前山田は日経新聞を紙で読み、桐谷は日経電子版で読む。
おそらくこの二人は激しくぶつかるだろうが、豊富な人材を擁する素晴らしい会社だなとも思う。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori