タイトルにある「エンマ」とは、誰もが知る、あの閻魔様のこと。閻魔といえば、日本人ならだいたい共通のイメージを抱くのではないでしょうか。ビジュアル的にはワルな顔をした髭モジャのふくよかな男。死者を地獄に落とす権限を持つ地獄の王様。『鬼灯の冷徹』ではコメディキャラとして描かれ、『幽☆遊☆白書』ではコエンマも恐れる父として登場します。嘘をついた者の舌を抜く、そんな残虐行為も有名。
しかし、本作に登場する閻魔は、従来のイメージを覆(くつがえ)すもの。
神宮寺絵馬(じんぐうじえま)、15歳、高校一年生。
唯一、名前にヒントが隠されていますが、この子、実は閻魔様です。転生とかそういうことではなさそう。物語冒頭ではまだその正体をハッキリとは明かしていません。
本作の舞台は、治安が悪化し、警察も機能しなくなった犯罪都市・東京。ここでは電車移動は危険なためタクシーを使うのが一般的。北海道から上京したばかり、今日が入学式の高校一年生、呉千歳(くれちとせ)が乗るタクシーに無理やり同乗するシーンで、絵馬が初登場。初対面同士相乗り状態のなか、スマホで堂々AV鑑賞を始めた彼女に苦言を呈する千歳。
入学式の日、出会いはサイアク、なんなのアイツ! ……とくれば、次の展開はコレですよね。
え、まさかの同じクラス!?という、ここでは男女のペアではないものの、少女漫画にある王道パターン。こうして知り合ったふたりですが、バディモノを予感させる、軽妙なやり取りも魅力のひとつです。たとえば、入学式の帰りに観た、閻魔大王が登場するB級映画の感想を語り合うファミレスでのひとコマ。
ホットな千歳とクールな絵馬というコントラストもハマってます。魅力あるキャラクターというのは漫画においてめちゃくちゃ大事。もうこの時点でふたりのことが気になって仕方ありません。
さて、そんな女子高生ふたりの会話劇とは別にある、追いかけるべき本筋が、犯罪都市東京に巣食う悪人どもによって動き出します。
絵馬はファミレスのトイレで。
千歳は地下鉄のエレベーターでロックオンされてしまいます。
こいつら、ターゲットの女性に性暴力をはたらき、その様子を撮影した動画をさばいて利益を得る、超卑劣極悪人。
拉致され、マンションの一室に監禁された千歳。貞操どころか命の危機、絶体絶命となった彼女のもとに現れたのは――
ヒーロー見参!(閻魔だけど)
絵馬をロックオンした悪人を返り討ちにし、千歳を救うべく颯爽と現れた絵馬は、自らの体からとある器具(!)を出現させます。
そして次のページで展開される内容にご注目。
まさかの拷問器具取扱説明書。その歴史から特徴、使い方に注意書きまで網羅している優れもの。絵馬はこの後も極悪人たちを退治する際に様々な拷問器具を用意するのですが、その都度、こうした説明書が掲載されます。
神は細部に宿る、ではないですが、ファンタジー作品のストーリーやキャラクターではなく、こうした小道具に細かくリアルな設定を入れ込むことで、作品世界がより現実味を帯びてくるのではないでしょうか。PL(製造物責任)法が頭をチラつく取扱説明書、ついつい全項目チェックしたくなります。エピソードがたまったら、この取説と使用シーンをまとめた付録ページ付のコミックス、というのもアリかもしれません。
極悪人から千歳を救い、あらためてハッキリと自分が閻魔であることを告げる絵馬。
クラスメイトが得体のしれない、宗教上の存在であるはずの閻魔様だと知った千歳の反応は……。
この切り替えの早さ。ちょっと迂闊で、うっかりトラブルに巻き込まれがちな千歳ですが、アポカリプス感のある東京を舞台に描かれる、犯罪や暴力が入り乱れるダークな作品世界のなかで、彼女のこのポップさは救いです。人を寄せ付けない雰囲気を持つ絵馬も、こんな千歳に調子が狂ってしまうような、それでいてちょっと嬉しいような。
本来なら地獄の番人である閻魔様が、女子高生の姿で勧善懲悪の悪人退治を繰り広げる様は痛快。
果たして千歳は、本当に鼻でスパゲッティを食べることができるのか──!?
……ではなくて、絵馬(と千歳)はこの先、悪人たちをどんな拷問器具でやっつけていくのか。さらにこの後、絵馬を追う人物も登場するという、ドキドキの展開も。
悪党を退治する絵馬たちの活躍や拷問器具カタログが楽しい本作の面白さに、嘘偽りなし。舌を抜かれることはないはず……!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009