ここまで描いちゃっていいの?
なにかしらの労働やサービスを依頼され、それに対する報酬が発生したら、「仕事」と呼んでいいだろう。
陰陽師が怨霊を払うのも仕事だ。
『令和陰陽師』の主人公・“蘆屋玲子(あしやれいこ)”は、代々続く陰陽師の家系に生まれ、「あしや霊能相談所」なる事務所を構え、陰陽師として働いている。
あちこちに五芒星(ごぼうせい)。そして「除霊承ります」ってのぼり。コテコテだ。霊験あらたかな丹薬までもらっちゃって、相談者もニッコリ大満足。お客さんがハッピーならそれでいいじゃないか、職業に貴賎ナシ! ところが、だ。
玲子には霊が見えていない。つまり、霊能力なんて持っちゃいないが、それっぽくハリセンみたいなのをぶつけて、除霊のフリをしているだけなのだ(あの丹薬は市販の胃薬だそうで、鳩のフンとかじゃなくて本当によかった)。揉み手でニヤニヤしているのは蘆屋家に代々仕える従者の“葛西”。葛西は非常に金にがめつい。
葛西はホクホク顔だが、玲子としてはこんな詐欺みたいなインチキ商売はさっさと辞めて「普通に働きたい」と思っている。でもそうもいかない。
28歳にして職歴は陰陽師のみ。「前職では除霊というソリューションによって顧客の課題解決をサポートし……」なんて、玲子が望むような普通の企業の採用面接で言えるか?
それに、こんなインチキ陰陽師にわざわざ依頼してくる人間だっていっぱいいるのだ。
玲子の亡き祖母は天才的陰陽師だった。おばあちゃんのブランド力で玲子は食いつないでいる。この相談者曰く、娘の様子がおかしいとのこと。金の亡者こと従者の葛西はビジネスチャンス到来とばかりに「“狐憑き”かもしれません!」「とにかく一度“霊見”しましょう!」と盛り上げる。
で、依頼者のご自宅に行ってみると……?
お城のような豪邸の中はぐちゃぐちゃ。っていうか、その目のアザは!? 何より奥さんの「少々散らかっておりますが」に寒気がする。これは霊とかそういう問題なんだろうか? でも玲子は依頼を受けちゃったし……。
運気が上がる花瓶に、見えてもいない大蛇。アザだらけの父親と、口を利かなくなった娘。あっちもこっちも地獄なお仕事マンガだ。玲子の仕事は原価率がマジで低そうだけど会計で表現できないコストがある。物語が進めば進むほど「ここまで描いちゃっていいんだ?」と思う。
お金はいくらでも
あしや霊能相談所に駆け込む依頼者たちの特徴を見てみよう。
家族の問題を解決するためならお金がいくらかかったっていい。そして葛西のような人間にチョロッと丸め込まれてしまうが、ときどきは「アレ?」と正気に戻る。
でも「私はインチキ霊能者に騙されているんでしょうか」と相談に行く先が霊能相談所だったりする。セカンドオピニオンのようなものだろうか。
「騙される方が悪い」と開き直る葛西に全然賛同できない玲子だけど、ずるずるとインチキ除霊を繰り返し、それがまた妙に上手くいってしまう。そして遂にバズってしまい……、
千客万来! ちょっとネットで話題になっただけで、令和の陰陽師である玲子のもとに次から次へと相談者が押し寄せるように。この変化を葛西が見逃すはずがない。
彼は、ほそぼそと営まれてきた陰陽師業に変革を起こす悪趣味な仕組みを思いついてしまう。良心がないという欠点を除けば、彼は商人として有能すぎる。
それにしても、なんでそんなにみんな陰陽師に救われたいのか。虚構やカルトなんかに頼らなくたって、もっと他の「真っ当なルート」があるんじゃない? なーんて笑って読んでいると、どぎつい罠が待っていた。
普通の人生を歩んでこなかった玲子が「普通の人生」を求めたとき、それは大きく口を開けて私や玲子を丸呑みにしようとする。思わずウワッと本を放り投げたくなった。ほんと、ここまで描いちゃっていいの?
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori