「よくわからん才能」はどうやって花開くか
その作品が読める日を今か今かと待って、本屋さんに駆け込むとき、私の口は半開きだ。もう見事なまでに半分開いてる。表情としてはマヌケなんだけども、心が躍っているときに口なんて閉じていられるかという話だ。
泰三子先生の最新作『だんドーン』でも、私の口元は終始ニヤけて愉快でたまらない。読んだあとにスキップしたくなるマンガっていつぶりだろう。弾むように泣いたり笑ったりしている。
一人でも多くの人にこの楽しさをお知らせしたい。心がめきめき元気になる幕末コメディだ。
「だんだんドーン」と太鼓を巧みに叩きまくるこの男・“川路正之進(利良)”は、幕末の薩摩藩の“ギリ武士”。本作は、川路が「自分でもよくわからん才能」を開花させまくる物語だ。彼の才能は太鼓のみにあらず。そして、それらが一人で勝手に咲いたわけではないところに、私は本作の美しさを感じて惚れまくっている。運命と情熱のドラマなのだ。
後に「日本警察の父」と呼ばれる川路がどうして自分の才能をフル活用して「仕事」をなし得たのかを思うと、川路が生きた幕末のずーっと先に、泰先生の超・超名作『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』が見える。
そしてこういう愉快と緊張のスイッチングに「これよこれ」と楽しくなる。
「察しのいい男」が「純粋な男」とペアを組む
ところで、“ギリ武士”とはどのぐらいギリギリなのか。
本当にギッリギリ。でも薩摩ヒエラルキーの頂点におわす“島津斉彬公”は川路が大のお気に入り。川路の何がそんなにお殿様のハートを掴んだのかというと、「察しのよさ」だ。飲み込みが爆速で、とにかく気が利く。
本作は斉彬公のナイス上司ぶりが光っている。もうね、ぽかぽかと心を照らすお日様みたいなボス。そして素晴らしい上司は部下の特性を見極め、育て、適切に配置し、化学反応を起こして仕事の成果を最大化させる。
斉彬公の仕事は幕末の世を動かして異国と対等に渡り合える国を作ること。そこで察しのよい川路に、とある「密命」を与える。
薩摩藩邸で川路が会ったその男は、めちゃくちゃにデカかった。
ボディもデカいが黒目もデカい。川路にぶん投げられて怒ってんの? 怒ってないの? 感情が読めない。彼の名前は“西郷吉之助”。そう、後の西郷隆盛だ。
斉彬公は西郷のことも大好き。嘘がつけなくて純真でクセが強い彼なら、ナポレオンのように幕末の世を照らす灯火になるのでは……と考えた。ただし西郷単体じゃ仕事は進まない。なにせ、愛されキャラだがクセが強すぎて空気も読めない男だ。そこで川路の出番となる。
ハイ、幕末ペアの出来上がり。
いきなり大変そうな仕事だな~~~。
「武士らしさなんて川路にはいらんよ」
西郷・川路ペアは斉彬公から与えられた密命をこなしていく。
緊張でゲロ吐きそう。そんなギリギリな毎日を送るうちに、川路だけは、自分たちの身の回りの奇妙な違和感に気づく。ちょいちょい「あれ?」と思って、その違和感を全部覚えているのだ。さすが察しのいい男(そして日本警察の父!)。
こういった用心深さと察しのよさは、まるで武士っぽくない。ギリ武士な川路はそんな自分の性質を思い知って落ち込む。でも、それこそが斉彬公が川路に求めて、認めた美点なのだ。
幕末の名君の最後を知っていても、そんな史実を知らなくても、本作の川路と斉彬公のやりとりを読むとほろほろ泣けてくる。そしてなぜ川路が主人公に選ばれたのかも、ありありとわかるのだ。
『だんドーン』の単行本に収録されている泰先生のコラムによると、川路の言葉は現在の警察学校の職務倫理の教科書となっているのだという。崇高な倫理は情熱に裏打ちされている。
平穏な世をつくるために命がけで働く覚悟を決めた川路はゴリゴリの情報戦に突入していく。
才能が花開きまくるさまに鳥肌がたつ。こうして西郷・川路ペアの仕事は進んでいくが、まあ、いろいろある。かっこいいことも、ダサいことも、くっだらないことも等しく待っている。
地響きが聞こえるような激動の幕末で躍りまくる悲喜こもごも、どうか堪能してほしい。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori