あなたがもしホストだったとして、突然同僚に車椅子の新人が入ってきたらどんな態度を取りますか……?
本書は、乙武洋匡さんの最新作。主人公の河合進平は大学を卒業したものの就職に失敗。歌舞伎町にあるハローワークに行く途中で路上のホストと揉め、その結果なぜかホストクラブに入ることになりました。そして、ホストの「シゲノブ」として結果を出していくまでの過程を描いた小説です。
と、ここまでは漫画によくありそうな設定ですが、大きく違うのは主人公が“車椅子に乗っている障害者”だということ。
車椅子のホスト。新人がまずやらなくてはいけないトイレ掃除もできない、段差も自分で乗り越えられない。席についただけでお客さんに気を遣わせてしまう……。
これがもし漫画だったら「初日でいきなり太客(たくさんお金を落としてくれるお客さん)を捕まえて、入店1ヵ月でいきなりナンバーワンになり伝説を作る」というような華々しくドラマチックな展開になるはずです。
ところが、この本はそんなイージーな展開では進みません。シゲノブの目の前に突きつけられる現実は大変に厳しいものでした。
「ねえ、なんなのあれ」
「ああ、あいつね。シゲノブって言うんだけど、四月に入った新入り。車椅子なのにホストやりたいとかムチャクチャだろ」
「え、超ウケる。車椅子でホストとか、雰囲気ぶちこわしなんだけど」
「ごめんなあ、うちの店に不良品が紛れ込んじゃって」
同僚のホスト達からは暴言を吐かれ、席についたお客さんにも引かれてしまう日々の繰り返しのなか、シゲノブは逃げ出さずに店に出続けます。
それを支えていたのは、ホストクラブの同僚であり親友となった「タイスケ」の存在、入店を認めてくれた「リョーマ」、そして、お客さんとしてやってきてその後付き合うことになる「アヤ」、ゲイバーのママ「聖子さん」など多くの人との出会いでした。
初日からお客さんの前で大きな失敗をしたシゲノブに、オーナーのリョーマがこんな言葉をかけます。
「おまえ、長嶋茂雄って知ってる?」
「え?」
「野球界のレジェンドだよ。ON時代と呼ばれたNのほう」
「あ、詳しくはないけど、聞いたことはあります」
「六大学野球のスターとして、それこそ国民的な注目を浴びてプロ入りした長嶋さんも、プロのデビュー戦は四打席四三振だった」
「はあ……」
(中略)
「長嶋茂雄もそのデビュー戦で自信を失くしてそのまま引退してたら、期待外れの選手で終わってたよな。多くの人に夢を与える国民的英雄は誕生してなかった」
「です、ね……」
「ま、いいんじゃん。おまえが辞めたいならとっとと辞めればいいし。おまえがやりたいなら、もがいて、あがいて、気が済むまで続ければいいし。どっちにしたって、俺は何も言わねえよ」
この言葉、けっこうグサッと来ませんか? ちょっと上手くいかないことがあると、才能をいいわけにしたり環境をいいわけにしたりして、すぐに諦めてしまうことの多かった自分には、グサグサと刺さりました。というか、打席にすら立たないで色々なことから逃げてばかりではないかと……自分に言われているような気分になります。
さらに、親友タイスケとシゲノブの「駆け込み寺」的存在となるゲイバーのママ、聖子さんの対応がまた素晴らしいのです。
「現実から離れて非日常を楽しみに来ているのに、車椅子に乗った障害者を目にしたら一気に現実に引き戻される。見ていてつらくなる」というお客さんの言葉を伝えるタイスケに対してあやまるシゲノブに、聖子さんは言いました。
「あんたってさ、かわいそうなの?」
「え?」
「いや、あんた自身は自分のことかわいそうな人間だって思ってんのかなと思って」
シゲノブは、これまでの人生で一度も聞かれたことのない質問にしばらく考えこんだ。
「いや、決してそうは思ってないですけど……」
「そうかしら。あんたがほんとうにそう思ってなきゃ、まわりもなんとも思わない気がするけどね。無意識のうちにどっかで悲劇のヒーロー気取ってるから、そのお客さんが感じたみたいに、見ていてしんどいと思わせるんじゃないの?」
このセリフもグサグサ来ます。たいがいの悩みやコンプレックスって、誰も気にしてないのにもしかして自分で勝手に作り出してるだけ……?
歌舞伎町のホストクラブという非日常×車椅子のホストというぶっ飛んだ設定ですが、実に生々しい。乙武さんがたくさん血を流してきた苦労が、行間からジワジワと伝わってきて読み手側の感情もグラグラ揺さぶられるんです。
自分には、手も足もあって、自由に動かせる。行きたい場所に苦もなく行ける。それは当たり前のことすぎて何も感じていなかったけれど、それが当たり前じゃない世界がある。
「今、この人でなければ書けない」という文章ってあると思うのですが、この『車輪の上』は、乙武さんがプライベートの問題で炎上し、一時期表舞台から消えた時期もあった経験がなければ書けなかった1冊ではないかと思いました。
「~だから出来ない」と、自分の環境をいいわけに出来なくなる。自分でも気づかないうちに自分でまとってしまっている“殻”を破る勇気を貰える1冊です。
レビュアー
20代のころは探偵業と飲食業に従事し、男女問題を見続けてきました。現在は女性向け媒体を中心に恋愛コラム、男性向け媒体では車のコラム、ワインの話などを書いています。ソムリエ資格持ちでお酒全般大好きなのですが、花粉症に備えて減酒&白砂糖抜き生活実践中。