■60歳を機に暮らしを小さくした私が 「捨てたもの、残したもの」/料理家・藤野嘉子さん
住み慣れた150㎡のマンションを手放し、広さはなんと半分以下、65㎡ 2LDKの賃貸マンションへ家族で引っ越した料理家の藤野嘉子さん。60歳になるのを機に、思い切って暮らしを「小さく」した際のヒントが満載の新刊『60歳からは「小さく」する暮らし』の中から、持ち物を一度に処分する際の失敗談やヒントをうかがいました。
慌てて処分したから、たくさん失敗しました!
住まいを小さくしたことで、掃除は格段にラクに。ちょっと狭い部分は掃除機よりほうきが便利。夫に足をひょいっと上げてもらってすぐにお掃除完了です。
キッチン道具は、職業柄、普通のご家庭の何倍も持っていました。菜箸やゴムベラ、保存容器などは知らないうちにかなり増えていたので、この機会に最低限の数だけに絞りました。
捨てて後悔したものの筆頭は、イタリア商事の「バウルー」のホットサンドメーカー。いますごく人気ですけど、そのずっと前から使っていていい具合に油がなじんでいたのに、引っ越し先がガスではなくIHだからと捨ててしまって、あとで娘に怒られました。もちろん娘たちには、「欲しいものがあったら言ってね」と声をかけていたのですが、そのときはまさか捨てるとは思わなかったのでしょう。
ほかにも、使いやすかった小さめのフライパンや中華鍋、すり鉢や味噌漉しなど、引っ越し後に、あれがあれば便利だったのにという想いをしたこともしょっちゅう。 だけどそれもいい経験で、自分にとって本当に必要なものを知る機会になりましたし、ものを買うことに慎重になりました。
まずは冷静なリスト作りを
そんな私からアドバイスをするとしたら、まずは冷静になってリストを作ること。私のように溢れかえるものを前にして、「これは捨てる」「これは取っておく」と片っ端からやっていると、どんどん感覚が麻痺していきます。百均で買えるようなものを残して、長年使っていた中華鍋を捨ててしまうのです。時間がないのだったら、判断に迷うものだけでも新居に運べばよかったのかもしれません。
不要なものはすべて処分したのではなく、食器や調理道具、カトラリーなどはガレージセールを開催するなどして、気に入った人に持っていってもらい、書画や骨董なども子どもたちや好きそうな人に声をかけて譲りました。
しかし、家具は大きいだけに処分が大変でした。業者に引き取ってもらえるものは引き取ってもらい、造り付けのテーブルは、チェーンソーで解体して捨てました。胸が痛みましたが、そんなことを言っていると作業が進みません。
もちろん、残したものもあります。ずっと長く使ってきたものです。祖母からもらった人形や置物はどれも独特の味わいがあって大好きなので、新しい家にも持ってきました。夫からは、「こんなものを持っていくの?」と言われましたが、私にとっては大切な思い出の品。私は幼いころから祖母が大好きで、おばあちゃん子だったんです。祖母が使っていた飾り棚も一緒に新しい家に持ってきて玄関を入った正面に置いています。そこには、お気に入りの人形や置物を並べてあるのです。飾りきれないものはしまっておいて、季節に応じて入れ替えています。
母も長く使っている漆の茶箪笥は、持ってきました。ところどころ漆がはげてしまっていますが、引っ越しをして知らない土地で暮らすようになったとき、それがあるだけで気持ちが落ち着いたのかもしれませんね。
ここだけは好きなものを飾ろうと設けたスペース。父や祖母から譲り受けたものを中心に、家族で気ままに飾っています。
すべてを一新、なんでも潔く処分しましょう、ということはありません。長く使ってきたもの、愛着のあるものは、そばにあると心が安らぎます。見えない価値がそこにはあるのです。思い出の品をすべて持ってこられたわけではありませんが、「これだけは」というものだけは取っておくと、慣れない新生活にもきっとスムーズに移行できるのではないでしょうか。
料理研究家。学習院女子高等科卒業後、香川栄養専門学校製菓科入学。在学中から料理家に師事。フリーとなり雑誌、テレビ(NHK「きょうの料理」)、講習会で料理の指導をする。「誰でも簡単に、家庭で手軽に作れる料理」「自然体で心和む料理」を数多く紹介し続け、その温かな人柄にファンも多い。著書に『朝がんばらなくていいお弁当』(文化出版局)、『料理の基本 おいしい和食』(永岡書店)、『一汁一菜でいい! 楽シニアごはん』(講談社)など、多数。夫はフレンチレストラン「カストール」のシェフ、藤野賢治氏。
『生き方がラクになる 60歳からは「小さくする」暮らし』のほか、料理、健康・美容など講談社くらしの本からの記事はこちらからも読むことができます。