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2016.09.10

レビュー

MBA僧侶の新戦略──仏教をコンテンツとして吸収、智恵と慈悲の人生に!

お坊さんブームが続いているようです。やはり現状への疑念、将来への不安が底流にあるのでしょうか。著者の松本さんも大学の同級生だった小池龍之介さんと共にこのブームを支えた人だと思います(もちろん、いい意味で)。

松本さんが仏教界に感じたのはある種の“危機感”だったのだと思います。危機感は大きくふたつありました。ひとつは「今のお寺は、仏教の教えを広めるということにほとんど貢献していないのではないだろうか。せっかくいいものを持っているのに、それを全然活かしきれていない」ということでした。もうひとつは「仏門に入ることを志した私だったが、果たしてこれからどうすればいいのか、さっぱり見当もつかない」ということです。

これらは伝統仏教の閉塞をあらわしているのだと思います。そしてその閉塞を横目に「宣伝上手な宗教がしめしめとばかりに信者を増やしている」、それが松本さんの目に映った伝統仏教界の現状でした。そして仏教界の活性化のために3つのことを提唱したのです。

1.真剣に出家を志す僧侶が、経済活動に煩(わずら)うことなく仏道修行に専念できる環境を整えること。
2.寺院での社会貢献活動を活発化させ、人が安心や生き甲斐を取り戻す場として寺院を機能させること。
3.いまだ明確な自覚のない人を含め、仏教を必要とする人に対して、あらゆる方面から仏教に触れるきっかけを作ること。

これらを目指し、進めた結果が宗派を超えたインターネットのお寺『虚空山彼岸寺』の開山であり、カフェ『神谷町オープンテラス』の開業、さらに音楽イベント『誰そ彼』などの運営でした。

この実践の中でいつも松本さんの心にあったのは、親鸞聖人の教えであり聖人の姿だったそうです。

──「非僧非俗」とは親鸞聖人の境涯だが、私なりの解釈をさせていただけば、この時の親鸞聖人の心持ちは、よく言われるように「国家の僧という立場と決別し、真の仏弟子としての自覚を新たにされた」という重い決意だけでなく、もしかしたら「もう、僧でも俗でも、どうでいいのだけれど」という、あっけらかんとした心持ちもどこかにあったのではないかと思うのだ。──

さまざまな解釈をされる「非僧非俗」ですが、これも仏教(親鸞・浄土真宗)の教えの見事な現代化といえると思います。

──教団として大切なのは、仏教という利権を守ることではなくて、一人でも多くの人に仏教を通じて心を豊かにする機会を持ってもらうことだ。──

この思いを実現するために松本さんが行った上記の活動の根本にあったのは、独自の教団の捉え方でした。それは、「今ふうに言えば『著作権管理団体』のようなものとして仏教教団を捉えなおしたほうがいいのではないかと思う」というものです。これはそのまま「仏教をコンテンツ」として捉え返すということに繋がります。この観点があったからこそ松本さんは、伝統仏教の軛(くびき)から解放され、独自な、新仏教活動とも呼べることを行うことができたのです。

この新仏教活動にはMBA資格を持っている松本さんの知見がいたるところに生かされています。情報発信、環境整備、集客(?)……といったところにもうかがえますが、よりいっそう感じたのは住職の学校『未来の住職塾』を主催しているところではないでしょうか。この学校ではお寺づくりを総合的に行っています。お寺づくりには「教義」はもちろんですが「経営」という視点での教育も行っているそうです。

なぜ「経営」か、ここには旧態依然たる“檀家制度”に甘んじていてはお寺の未来が開けないという思いがあるのでしょう。ここにも“危機感”のあらわれがあったのです。

この危機感をもたらした外的要因には消費社会の蔓延というものがあります。すべてを貪欲に消費する消費社会の中での仏教はいかにあるべきか……。これに松本さんはこう答えています。

消費されることを嫌ってはいけない、仏教は消費され尽くされるようなやわなものではない、と。
──これからの仏教がとるべきひとつの戦略は、仏教の原液である「智慧と慈悲」を、一般人でも美味しく心地よく飲める程度に薄めて、市場経済の中で大いに消費してもらうことである。──

さらに仏教をになっているのが教義だけでなく、僧そのものだという考えが松本さんにはあります。「宗教が人を惹き付けるのは、教義そのものよりも先に人物だ」という思いが記されています。確かにいかなる教義よりも、それを語る人、名僧、高僧と呼ばれる人のありようにこそ、こちらの心に響いてくるものはありません。コンテンツの担い手の重要さ、それは先の人材育成に繋がるものです。

この本は仏教の世界を現代にいかに開いたらよいかと考えた一僧侶のスリリングな活動記であるとともに、伝統があり堅牢だけれども時代に活かしきれていないコンテンツをいかに再活性するかを追求したものもあります。

そして最後にこういうメッセージで締めくくっています。
──大切なことは、仏教の教えを通じて、一人でも多くの人がそれぞれに自分自身の中に正しい判断力を養っていくことだ。一人ひとりが状況に応じて、自らの判断によって正しいと考える選択を行っていくこと。そうすれば、世論のブレも少なくなり、今より安定した社会が訪れるだろう。戦争への抑止力にもなる。健全な民主主義は、個人個人が成熟しないと成り立たない。そういう意味で、仏教は平和で安定した社会作りにも貢献することができるはずだ。──

見事! というべきではないでしょうか。この好エッセイ、経営書とも読めるこの本は、どこか読む人を元気づけるものがあるようにも思えたのです。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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