笑いは人を癒やします。笑っているその間は体が軽くなります。なぜかというと、笑っている状態が“毒”を抜いてくれるからです。毒というのは、不安であったり悩み事であったりプレッシャーであったり、要するにストレスですね。ストレスが抜け落ちたぶんだけ、体が軽くなる。単純明快な引き算です。別に珍しいことじゃありません。皆さんも、そんな経験がおありでしょう? そうです。笑いには人を癒やす絶大な効果があるんですよ。厳然たる事実としてね。スピリチュアルな話じゃなくて。本当ですって。さて、そこで、です。
怪しい自己啓発セミナーの惹句みたいなのは置いといて、「楽しく笑う」という行為が、たとえ一時的な現象であれ、心と体を癒やしてくれるのは事実だと思うのです。そのことは経験則で知っている人も多いはず。あらためて言及するようなことではないのかもしれません。ただ、そうは言っても忙殺されていると、お笑い好きでもない限り、笑ってストレスを発散する体験を、ここずっとしていない人も結構いるんじゃないでしょうか。
『失恋覚悟のラウンドアバウト』は──そりゃもう、笑えますよ(めっちゃ褒めてる)。作中のコミカルな演出が僕の笑いのツボにハマってしまい、コメディ要素だけでこんなに楽しめた小説は久々かもしれません。
本作は、全6話構成。ひとつひとつは短編として独立しています。そして、そのすべてに笑いどころあり! 笑いの演出としては、ボケとツッコミというオーソドックスな形を土台にして、特定の演出を繰り返す、というもの。もちろん短編ごとに違いはありますが、基本的にワンパターンです。むしろそれが面白いのですが、特定のパターンを繰り返す構成は、間違いなく意図的なものでしょう。
感覚的に生み出されたものではなく、理詰めの計算。そう思えてならないのは、本作の「長編としての構成」のせいかもしれません。
言い忘れていましたが、『失恋覚悟のラウンドアバウト』は、笑って癒やされるだけの小説ではないのです。
第1話の「上京間近のウィッチクラフト」では、女子高生の「まっちょ」こと満作千代子(まんさく・ちよこ)が、男子生徒からの告白をどうにかして断ろうとするお話。その際、自分は魔法使いだと嘘をついたばかりに、面白いことになってしまいます。
第2話「真偽不明のフラーテーション」には、人生初の彼女ができたらしい高校生に、嘘発見器の日本人形、天才科学者、破局寸前のカップルが登場。浮気疑惑の真相を探ります。
第3話の「不可抗力のレディキラー」では、尋常じゃなくモテる転校生、蕗太郎(ふきたろう)と、モテとはまるで縁のない女子高生、梅子(うめこ)が奔走。蕗太郎は自らのモテ体質を改善(というか改悪)したいと思い悩みます。いらないなら、そのモテ体質、俺にくれよ、と思ったものです。
第4話「寡黙少女のオフェンスレポート」は、たぶん一番笑いました。なんでも盗んでしまう少女、芙蓉(ふよう)さんと、彼女をかばってしまった折尾(おりお)くん。事なかれ主義の担任、五十嵐(いがらし)先生。一番笑わせてもらったということで、全6話中、一番好きな短編です。
第5話「勤勉社員のアウトレイジ」に登場するのは、ブラック企業の営業マン。会社を辞めたくて仕方がない彼に協力を申し出る少女にも、何やら秘密がありそうで……。
第6話、表題作の「失恋覚悟のラウンドアバウト」では、ふたつの大事件が同時に発生。これまでに語られてきた5つのエピソードが、この第6話でひとつに繋がります。
といったふうに、コミカルなラブストーリーをベースにした愉快な群像劇を、最終的にはひとつに集約させてしまう著者の手際の見事さに、惚れ惚れと感嘆の溜息がもれます。あらゆるものが、ぐるぐる回ってひとつになるラウンドアバウト(環状交差点)。読後感も実によろしい。
実は、僕は本作を読んでいるとき、ちょっと疲れていたのですが、たくさん元気をもらった気がします。笑って“毒”が抜け落ちると、意外とすんなり立ち上がることができるものです。すたすた歩き出せます。小説には──エンタメにはそういうポジティブな力が備わっているんだなって、あらためて実感させられました。
レビュアー
赤星秀一(あかほし・しゅういち)。1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。