PICK UP

2026.10.30

レビュー

New

地球の未来を救う「MOF」とは何か? ノーベル化学賞受賞・北川進先生の汗と涙の物語

未来は僕らの手の中にあると信じるために

今年10月、硤合憲三氏にノーベル化学賞が授与されることが発表された。誠に素晴らしいことだ。日本中がこの喜ばしいニュースに湧いたけれど、日本人はノーベル賞受賞を“ありがたがる”一方で、硤合氏の「不斉有機合成における非線形効果および自己触媒反応の発見」について、「はぁ、そらそらすごいモノを発見されたそうで……」で“スルーしすぎ”ではないだろうか? とはいっても、文系脳で「ソアイ反応」を理解するのは難しそうなので、私は来年『硤合憲三先生に、人生とソアイ反応について聞いてみた』という本が出ないかと、心から願っている(出してくんねぇかな、+α新書)。

この「◯◯先生に、人生と◯◯について聞いてみた」というシリーズは、これまでにiPS細胞の山中伸弥先生の本が出ているのだが、その本も、今回紹介する『北川進先生に、人生と多孔性金属錯体について聞いてみた』も、その研究がいかに“すごいものであるか”、“可能性に満ちているか”、(あと、コレが大切なのだが)“研究は大変だったけど、いかに面白かったか”を、きっちり教えてくれる。はやい話、読んでいてワクワクする。なんだか「まだ人類はとんでもないことを成し遂げられるんじゃないか?」と思わせてくれるシリーズなのだ。

本書は、2部構成になっている。第1部では北川先生がどういう経緯で多孔性金属錯体(Metal-Organic Framework=MOF、以下MOFとする)を研究するにいたったか。第2部ではMOFとはどういうもので、どういう可能性を秘めているのかが書かれている。あと、MOFに続くような研究を守るための取り組みについても書かれている。

万物流転と無用の用

北川先生の研究の根っこには、高校の倫理学の授業で習った「パンタ・レイ」という言葉がある。
パンタ・レイは「万物は流転する」という意味です。世界にあるものはすべて変化しつづけており、何一つ完全に同じ状態にはとどまらないという考え方です。ヘラクレイトスはこれを「同じ川に二度入ることはできない」とも表現したそうです。川に足を入れても、次の瞬間には水が流れ、二度と同じ水に出会うことはないというわけです。
海のうねりや、蛇口から流れる水、空を流れる雲を見て、そういうことを考えたことはないだろうか? ブッダも吉田兼好もボブ・ディランも、同じようなことを考えていた。私だってそう考えたことがある。誰でも考えることなのだが、北川先生は、化学では安定して変わらないとされる物質であっても変わるかもしれない、と思ったという。学生運動の嵐が吹き荒れる時代、北川先生は京都大学の自由な研究気風のなかで研鑽を積み、大学院の博士課程を経て、近畿大学の研究室で実験に明け暮れる日々を送る。そして、アメリカ留学中の実験中に「物質とは、こちらが思っている以上に生き生きした存在なのだ」と知り、後のMOF研究に繋がる伏線を得る。

そして帰国後、北川先生は「一価の銅イオン」という人気のない研究対象に向き合い続けていた。一価の銅イオンが持つ、固体中に整然と分子を配列させるという強みを活かして、電気を流す材料を作ろうと研究するなかで、助手がこう言った。
「先生、これ、孔が空いていますよ」
求めているのは孔が空いている材料ではなく、密な材料……、なのに北川先生は「面白い!」と思ったという。
なぜ、「面白い!」と思ったのか?
北川先生の胸には「パンタ・レイ」と同じく「無用の用」という言葉が刻まれていた。それは中国の思想家、荘子の言葉だ。
「人はみな、有用の用を知るも、無用の用を知るなきなり」
役に立たないと思われていることも、見方を変えれば、役に立つ。私はこの考え方に興味を持ち、いつも意識していました。(中略)
元々作りたいと考えていた密な構造で、電気を流す結晶は、あらかじめ有用であることがわかっていた材料であり、その視点では孔が空いた材料は無用です。しかし、無用の用だったならどうか。それで「面白い!」と感じたのです。
なんだろう。この「面白い!」という感情に、未来を託せる可能性が詰まっていたことに、ものすごく感動する。なにかの役に立つとか、有効性とか、そういうものじゃなく、すべての出発点はこういうワクワクにあるのだ。

MOFが切り開いた可能性

さて「MOFがすごい、すごいってなにがすごいのか?」ってことを書かずに、この原稿は終わらない。
MOFとはどういうものか、北川先生はこんな風に説明する。
その用途として、
・二酸化炭素を回収して温暖化対策に使える
・メタンなどの気体を安全に貯蔵してエネルギーとして運べる
・空気中から特定のガスだけを取り出せる
・工場で必要な化学物質を効率よく分離できる
といったものから、果物の鮮度保持、消臭、水の回収、医療分野への応用など、生活に近いところでの活用まで幅広い。そして、その最大の価値が、固体(石炭)や液体(石油)を大量に運んでエネルギーとする時代から、空気の中にある分子を自在に扱える時代へ移るためのカギとなり得るというところ! 「資源」という言葉の意味が変わる!
資源とは、地中に埋まっているものではなく、知恵と技術によって引き出されるものになるのです。私はこれを実現する社会を「分離文明」と呼んでいます。
ちょっと、話が前に進みすぎているように感じるかもしれない。でも、これはサイエンス・フィクションではなく、シンプルにサイエンスの話であり、まもなくその時代は到来する。本書を読んで「その世界に間に合いたい」と思う。そして「子供たちは、きっとその世界に生きるのだ」と思うと、少し救われた気持ちになる。

さて以下は、まったくもって余談なのですが、もう少しだけ。
MOFの研究で使用された「Spring8」という施設が、本書に何度か出てくる。この施設は、私の実家から車で30~40分ほどのところにある。(市町村合併前の)いくつかの町や村をまたぐ巨大な円形施設で「信じられないくらいすごい光を作り出せる」のだと教えられた(田舎だから、それくらいの認識なんです)。実家も田舎だが、「Spring8」の作られたエリアはもっと“ド”のつく田舎で、クワガタを捕まえるために山を走り回っている地元の子と、世界中の博士の子息が机を並べるという小学校が創立されたりして(後に閉校)、「なにかとんでもない変化が町に起こるのではないか」と住民は予感した。が、見事にその予想は外れた。
でも、調べてみると、この「Spring8」が科学、医学、産業に果たした役割は、めちゃくちゃ大きい。
素粒子物理学の研究で輝かしい足跡を残す岐阜県飛騨市の「スーパーカミオカンデ」もそうだけど、なんだかとんでもない規模の、なにをするのかフツーの人にはよくわからない施設だけど、研究者が「面白い!」と思ったものに応える施設があることの豊かさは、何モノにも代えがたい。ときにそれは、市町村の頭を飛び越えて、国のレベルも超えて、世界に変化をもたらすことがある。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

こちらもおすすめ

おすすめの記事

編集者のおすすめ

【ノーベル生理学・医学賞受賞】坂口志文氏の著作『免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか』を担当編集者が語る

  • 科学
  • 担当編集者
  • ノーベル賞受賞

レビュー

地球温暖化予測、気候変動の解明に迫る! ノーベル物理学賞受賞・真鍋博士の研究を解説

  • コラム
  • 田中香織

レビュー

【最強の自伝】iPS細胞の山中先生が語る、人生の参考書!

  • テクノロジー
  • 望月 晋作

最新情報を受け取る

講談社製品の情報をSNSでも発信中

コミックの最新情報をGET

書籍の最新情報をGET