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2025.02.25

レビュー

「いきなり!ステーキ」の転落と再生の物語。全ビジネスパーソンに捧ぐ警告の書

何度失敗しても挫けず立ち上がるという意味の四字熟語を冠し、企業経営者の波乱万丈のライフストーリーを語る「百折不撓(ひゃくせつふとう)」シリーズの第3弾。この長いタイトルが本の中身をすべて言い表しているように思う方もいるだろう。実際そのとおりでもあるのだが、それ以上の学びと感動も確実に得られる1冊である。

著者の一瀬健作氏は、株式会社ペッパーフードサービスの現社長。先代社長の一瀬邦夫氏は著者の父親であり、全国にチェーン展開するステーキ専門レストラン「ペッパーランチ」「いきなり!ステーキ」の生みの親である。「ペッパーランチ」は現在、別会社に事業移管しているが、双方あるいはどちらかの店に足を運んだ方もいるだろう。

親子二代で社長をつとめる会社など特に珍しくもないが、ここでは、かなり劇的な経緯を辿(たど)って社長交代劇が行われた(その事実は当時の報道では明かされなかった)。本書はその二代目社長就任をクライマックスとして、そこに至る経緯を著者の生い立ちから振り返った自伝的ビジネス書である。

著者自ら「僕の人生の前半は駄目なところばかり」と語るように、無軌道な十代の頃を振り返る序盤だけ見れば、とても立身出世物語とは思えない。だが、その迷走ぶりが「このままじゃいけない」という危機感を生み、現在まで活力を失わないエネルギー源となったのだろう。学歴上は中卒のまま、静岡県のレストランチェーン「さわやか」での修行を経て、父親が創業したペッパーフードサービスに25歳で入社。そこから著者のサクセスストーリーが本格的に幕を開けるが、その道のりは決して平坦ではなく、跡取り息子のお気楽さとも程遠い。そして、入社当初から反旗の兆しは芽生えている。
当時の僕は「さわやか」で働いたことで、ペッパーフードサービスを外側から客観的に見られるようになっていました。「さわやか」の従業員たちが前向きで、企業理念が隅々まで浸透している環境と、ペッパーフードサービスの現状との間に、大きなギャップを感じていました。それまでは父のやり方に疑問を抱くことすらありませんでしたが、会社がどんどん大きくなる過程で、僕の中で「より良い会社にしたい」という思いが強くなっていました。
社会人デビューしてからも「2度目の家出」を敢行したりしつつ、カムバック後は「ペッパーランチ」歌舞伎町店の店長としてがむしゃらに働き、全店舗中売り上げトップの成績を叩き出す。そこから新規オープン店のスーパーバイザー、営業本部長、取締役とステップアップを重ねていく。その過程はここで読むかぎり、単なる身内びいきでは説明のつかない地道な努力の記録である。

だが、出世していくにしたがって、カリスマ社長のワンマンぶりに振り回される社員の苦労も味わうことになる。しかも相手は実の父親だ。血縁関係にあるかどうかはさておき、似たような立場に身を置く社会人なら共感せずにいられないだろう。

さらに、新聞沙汰にもなった前代未聞の不祥事「心斎橋事件」、「O(オー)157食中毒事件」、資金繰りの大ピンチといった苦境の数々が赤裸々に語られる。その都度、会社はなんとか危機を乗り越え、そのうえで新機軸や新事業で成長を遂げていくので、まさに波乱万丈だ。それを牽引する先代社長のバイタリティ溢れる言動に、著者が翻弄される場面も(もちろん他人事だからこそ)面白い。たとえば、2013年に立ち上げた新事業「いきなり!ステーキ」1号店の物件探しをめぐるこんな逸話。
ある日、父が綺麗な女性2人を連れて僕の前に現れました。「物件を見つけた。ここで出店する」と言うのです。女性たちは不動産屋の営業社員でした。
父が持ってきた書類を見ると、物件の所在地は、五反田(東京都品川区)で、さらに、ビル5階でした。当然、僕は大反対です。
「絶対にやめてください」
「いや、ここに決める」
「お願いだから、やめてください」
結局「いきなり!ステーキ」1号店は無事に銀座にオープンし、破竹の勢いで店舗数は増加。ついにニューヨーク進出まで果たす。先見の明と勝負強さに恵まれた先代社長の快進撃は、しかし永遠には続かなかった。

2019年、著者はついに代表取締役副社長に就任。いつしか先代社長の「最良の補佐役」となっていた時期の、印象深いくだりがある。
二人で話し合っている時、意見が分かれることもありました。でもそれは、親子ベースの会話中だけです。互いに理解し合ったら、意見が分かれた際の議論を思い出しながら、他の役員から反対意見が出た場合の想定問答をつくったり、経営会議や取締役会の前に、二人で答弁の練習を重ねたりしました。
取締役会で決議する場面では、役員たちの疑問や不安を解消するために、僕は父にあえて厳しい質問を投げかけることもありました。でも、それは前もって準備していたことです。
「あ、言っちゃっていいんだ」と思うような記述だが、おおっぴらにしないだけで、どこの会社でもざらにあることかもしれない。ただ、長らくワンマン体制の続く企業においては、危うい兆候ではある。

副社長になった著者は、社内で最も早く損益計算書に目を通す立場となり、そこで各店舗の売り上げ減少を示す“異変”を目にする。だが、会社全体の業績としては黒字を出していたため、社内には危機感どころか、全国1000店舗という社長の目標達成を目指す前進ムードでいっぱいだったという。まだ我々の記憶に新しい「飲食業界最大の危機」が訪れる前年のことだ。
会社の勢いに歯止めをかけるようなことをしてはいけない、父を止めるなんて、悪でしかない、とさえ思っていました。
しかし、損益計算書の数字は嘘をつきません。
そして2020年、パンデミックが発生。業績はかつてない勢いで落ち込み、なんと毎月の赤字額は約8億円だったというから凄まじい。そこから著者がどのように経営を立て直したかは、ぜひ本書を読んでほしいが、そこから始まった企業再生への道程には、とびきり重い使命も含まれていた。
父は最後に、一言だけつぶやきました。
「本当に、全部降りなきゃ駄目なのか?」
この日を迎えるにあたって、僕は父に優しい言葉をかけたり、妥協点を探したりすることは絶対にしない。そう、事前に心を決めていました。
「はい、お願いします」
きっぱりと、言い切りました。
本書冒頭にも、フラッシュバックならぬフラッシュフォワードとして映し出される物語のクライマックス(の一部)である。読者それぞれに、その場の空気や情景を思い浮かべながら味わってほしい名場面だ。

巻末には、ある重要人物の寄稿に加え、本書のメイキングともいうべき対談も収録されている。こういうバイオグラフィー本の制作過程に興味がある方にも、ぜひ手に取っていただきたい。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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