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アニメ『スプリガン』地上波初放送記念対談(後編)。漫画家・皆川亮二× 声優・小林千晃のヒーロー論

2023.07.14
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「アフタヌーン」にて『ヘルハウンド』を大好評連載中である皆川亮二先生の大ヒット作『スプリガン』が、7月7日(金)より地上初放送スタート! 皆川先生と、同作で主人公・御神苗優を演じる小林千晃さんとの「ヒーロー」をテーマにしたスペシャル対談、後編です。あるキャラクターを「ヒーロー足らしめる条件」とは何なのか。最新のヒーロー、ショウ・ザンマ(『ヘルハウンド』)の誕生秘話も含めて、初出し情報が盛りだくさんです!

前編はこちら

ヒーローにはバランス感というか「一般的な感覚」も必要

――『スプリガン』が「救いのない話」にならなくて、一ファンとしてホッとしています(笑)。作中で良く描かれている(御神苗)優の学生生活も「救い」というか、作品の癒しポイントになっていますよね。

皆川亮二(以下、皆川) 学生生活を描くことに葛藤があったとはいえ(前編参照)『スプリガン』に学生生活を入れないと、さすがに殺伐としすぎちゃうでしょ(笑)。読者の方々のほとんどはもちろん普通の日本人だし、非日常の話ばかりだと息苦しくなって疲れちゃうんじゃないかと。『ヘルハウンド』を描くときも、ちょっとしたギャグシーンというか、ホッとできるシーンを意識して入れるようにしています。

小林千晃(以下、小林) 『ヘルハウンド』の主人公、ショウ・ザンマは、戦争ばかりの世界でずっと兵士をやっていたとは思えないくらい、すごく普通の感覚を持った「いい子」ですよね(笑)。

皆川 (御神苗)優もショウも、本当なら血塗られた戦場で戦い続けていく中で、かなり荒んだ心になってしまっていると思うんですよ。でも、優自身もそこに危機感を持っているように、一般的な日常の感覚を忘れてしまっては、作品的にもダークサイドに落ちて歯止めが効かなくなる。それでは、なかなか読者の皆さんがついてきてくれないと思っています。

小林 あと『スプリガン』でも『ヘルハウンド』でも、けっこう現実世界の事情とリンクさせるような設定が使われていますよね。『スプリガン』では冷戦時代の国家間の対立が描かれていたり、『ヘルハウンド』では現在進行形の国際紛争が背景になっていたり……。

皆川 それなりに今の時代を反映したほうがいいのかな、とは思っています。『スプリガン』のときはちょっとやりすぎたかな、という恥ずかしさもあるんですけれどね(笑)。

――『ヘルハウンド』では、ショウ・ザンマだけでなく、相棒のヘルも魅力的ですよね。敵対関係にある二人が一つの目的に向かって協力する感じは『地獄楽』の画眉丸と砂切とも通じるものがあるように感じます。そう考えると「魅力的な相棒」というのも、ヒーローの条件の一つになるのかなと。

皆川 御神苗優ならジャン・ジャックモンドとか、染井芳乃とかかな。相棒という意識はあまりしていないんだけど、魅力的なサブキャラはもちろん重要です。魅力的なサブキャラって、能力的にも性格的にも尖がっていることが多いから描きやすいんですよね。ヒーローって、性格的になかなかそこまで尖がらせることはできない。いや、できるんだけど、編集さんから止められがちです(笑)。

小林 むちゃくちゃ尖がった主人公として、今、『BASTARD!!―暗黒の破壊神』(※1)のダーク・シュナイダーが思い浮かびました。この主人公は頭がおかしいというか、完全に自分の欲、おもに性欲のために戦うじゃないですか(笑)。主人公にあるまじきことをするぶっ壊れたキャラクターが気まぐれにいいことしたり、最終的にはみんなを救ったりする。あれもカッコいいですよね。

皆川 彼は「ぶっ壊れているけど、どこかギリギリで一線を越えない感じ」だから、ヒーローとしてアリになっているよね。いや、常識な意味では一線を越えているんだけど(笑)、多くの読者に嫌悪感を抱かせるような行為だけはしていない、というイメージ。そういうバランス感覚って、大事じゃないですかね。

「僕だけが彼の正体を知っている」、そんな描き方も魅力的

――お二人の思う「ヒーロー像」が少しずつ見えてきたところで、改めて「ヒーローの条件とは何だろう」という切り口で、お話を伺えますか?

皆川 「ヒーローの条件」という意識はしたことがないですが、まず「僕自身が好きになれない奴は、僕の中ではヒーローになれないな」とは思います。当たり前かもしれないけど、どんなに周りの人から見て魅力的であっても、自分が惹かれないキャラクターはヒーローとして描けない。たとえば『闇金ウシジマくん』(※2)のウシジマくんはもちろんカッコイイんだけど「僕にはあれは描けないな」と思う。あそこまで「マンガに現実を求められない」というか。僕の中では、マンガの中のヒーローには「架空の世界で、自分にできないことをやってもらいたい」というか、憧れの対象なんだと思います。

小林 僕は、先ほど(前編参照)もお話ししましたが「信念の強さ」というか、心の強さがあればヒーローとして成立するのでは、と思います。もちろん強いヒーローは魅力的ですけれど、必ずしも絶対的な強さが必要なわけではない。たとえば『ワンパンマン』(※3)は、ヒーローだらけの作品じゃないですか。その中に無免ライダーという、戦闘力的にはかなり弱いキャラクターがいるんです。でも敵にボコボコにされても、何度でも立ち上がる。時間稼ぎしかできなくても、仲間のために絶対に勝てない敵に向かっていく。そういうキャラクターは、たとえ強くなくてもヒーロー足り得るんですよね。

皆川 『ワンパンマン』はヒーローの描き方が上手いよね。いろいろなキャラクターを出しながら、サイタマを中心にして話がブレない。

小林 「民衆が求めているものを実行する」という意味ではしっかり全員がヒーローなのですが、肝心のサイタマの強さをあの世界では誰も理解していない。読者からしたらその設定もたまらないんですよね(笑)。

皆川 それ、すごくわかります。僕は『ドカベン』が好きだった、という話はしたと思うけど(前編参照)、その中でも序盤の18巻までが特に好きなんですよ。なぜかというと、そのころまでは山田太郎の凄さに、作中の登場人物たちがほとんど気づいていなかった。まさに「縁の下の力持ち」で、読者だけがその凄さを知っている、という描き方だったんです。でも一年生時代の甲子園が終わった後に、ライバルたちも世の中の人たちもみんな「山田太郎の凄さ」に気づいちゃった。みんなが「打倒・山田!」に燃える展開になったことで、ちょっとテンションが下がってしまったんですよね(笑)。

小林 たしかに僕も、『ワンパンマン』でみんながサイタマに注目し始めたら嫌になっちゃうかもしれません。「僕だけがこいつの凄さを知っている」からこそ、応援したくなる感じですね(笑)。

皆川 大好きだったインディーズバンドなのに、メジャーデビューしたら何か冷めてしまった、みたいな感じかもね。もちろんそんなの、ファンのエゴでしかないんだけれど。

自分の中の主人公像にはなかったヒーロー「ショウ・ザンマ」

――最後に、皆川先生が描かれている最新のヒーロー、『ヘルハウンド』のショウ・ザンマについてお伺いしたいです。小林さんはPV出演前に作品を読まれて、彼についてどのように感じられましたか?

小林 『スプリガン』の御神苗優が、先生もお好きな「完成されたタイプの主人公」だとしたら、ショウは「レベル1」というか、身体能力も考え方もだいぶ弱いんですよね(笑)。それは当然なんですよ、あくまでも一兵卒なので。そんなショウを主人公にした上で「相棒のヘル」がすごく強いという構図は一種の定番ではありますが、やはり魅力的ですよね。

皆川 この組み合わせになったのには、実は事情がありまして。新連載の打ち合わせの初期、編集さんに「『ARMS』(※4)の高槻巌が大好きなので、彼のようなキャラを主人公にできないか」と提案されたんです。高槻巌といえばモダン紳士のスタイルで、圧倒的な強さなのにシレっと「通りすがりのサラリーマン」を自称している、ケレン味溢れるサブキャラ。魅力的ではあるんですが、こういう主人公ってそれこそ僕の中の「ヒーロー像」になかったんです。

小林 なるほど。そこで「彼を主人公にするなら、もう一人必要だな」と、いわゆる「バディもの」で行こうと考えられたのですね。

皆川 「主人公として難しい提案をされたな」と思っていたのですが、おかげで今まで僕がヒーローとしてあまり描いてこなかったタイプのキャラが生まれたと思います(笑)。

小林 僕はやっぱり「自分が演じるとしたら……」という見方をしてしまうのですが、僕がショウを演じるとしたら、ヘル役の声優さんがすごく気になりますね。人間のキャラクターって外見とか性別で、ある程度「この声優さんがハマりそう」というイメージが付くのですが、ヘルは犬だからいい意味で縛りがないというか、自由度が高いと思うんです。

皆川 面白いですね。具体的にどういう声優さんがハマりそう、とかありますか?

小林 イメージ的には存在感抜群のベテラン、たとえば大塚明夫さんが演じられればもちろん成立するし、女性声優が少年っぽく演じるのも面白そう。僕より先輩の声優さんが演じられるようなら、マンガの中と同じく僕が導かれていく関係になるでしょうし、同い年くらいの方ならまさに「バディ」として、二人で作り上げていくイメージになるかもしれません。もし僕より下の方が演じることになったら、マンガの見せ方とは違うお芝居になっていくこともあり得ます。漫画家さんは世界観の構築からキャラクターまで、ほとんど一人でつくられると思うのですが、僕らは一人ですべては演じられませんからね。相手役によってお芝居はもちろん、作品へのアプローチも変わっていきます。

皆川 「一人で作品をつくられる」と今、言ってくれたけど、実は『ヘルハウンド』は、アシスタントも使わず一人で描いているんですよ。

小林 え!? そんなこと、できるんですか?

皆川 僕にとっても、こんな連載は初めてです。大変だと思っていたんだけど、やってみるとこれが楽しくてね(笑)。月刊誌だからできることだけど、今までで一番、楽しんで描いている作品かもしれません。

小林 それはいいですね(笑)。他にもショウについては(御神苗)優などと違って、けっこう「巻き込まれ型」なキャラクターだな、とも思います。優にもジャンとか朧をはじめ影響を与えたキャラクターはいますが、もともと強い設定なので、その数は少ない。それと比べると、ヘルはもちろん他にもいろいろなキャラクターと関わるなかで、どんどん成長していくんじゃないかと思います。

皆川 「巻き込まれ型」は、ズバリな表現ですね。もう、彼には伸びしろしかないよね(笑)。ネタバレになるから詳しくは言えないけど、これからショウくんはいろいろな経験して、能力とかそういう面でもちょっとビックリな展開になっていきますからね。こういう「一から成長していく」キャラも、自分にとって等身大な感じで描きやすいことにも気づけました。

小林 これまで先生が憧れてきた「完成型」「天才型」のヒーローとは違う、先生にとっては挑戦的なヒーロー像なのかもしれませんね。

皆川 たしかにそうかもね。ショウは現時点では能力的に弱いんだけど、そこに「家族への思い」とか「仲間たちへの思い」の強さ、正義感というとベタだけど「人として真っ当な感覚」があるから、ヒーローとしての条件は満たしている、という感じかな。彼がこれからどう成長して、ヘルとともにどんな活躍をしていくか、楽しみにしてもらえるとうれしいです。

構成/文:奥津 圭介 撮影:柏原 力(講談社写真部)

著者近影

皆川亮二(みながわりょうじ)

1964年生まれ、東京都出身。漫画家。1988年『HEAVEN』でデビュー。代表作に『スプリガン』『ARMS』ほか。現在、『アフタヌーン』(講談社)で『ヘルハウンド』連載中。

著者近影

小林千晃(こばやしちあき)

1994年生まれ。声優。『ガンダムビルドダイバーズRe:RISE』(2019年)にてアニメ初主演。代表作に『スプリガン』御神苗優役、『地獄楽』画眉丸役、『トモダチゲーム』片切友一役など。

皆川亮二先生の直筆サイン入り『ヘルハウンド』1巻をプレゼント!

当記事の公開を記念して、皆川亮二先生の直筆サイン入りコミック『ヘルハウンド』1巻を1名様にプレゼントします。詳細は以下「アフタヌーン」公式サイトのページにて。

https://afternoon.kodansha.co.jp/news/5573.html

  • 電子あり
ヘルハウンド(1)
著:皆川 亮二

家族のため傭兵になった若者・ショウ。彼が戦場で「悪魔」と出会った時、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた! 『スプリガン』『ARMS』『D-LIVE!!』『海王ダンテ』の皆川亮二が、渾身の力を込めて放つアクション巨編開幕!!

  • 電子あり
ヘルハウンド(2)
著:皆川 亮二

遠い戦場から巨大な蓮の花を通って我々の東京に送られてきた傭兵ショウと強化犬のヘル。対立する立場だったが、身体を植物に変えて襲って来た葉っぱ人間を撃退するため、そして元の世界に戻るため、同盟を結んだ。地元チンピラの抗争に巻き込まれたショウは、やむなく一方に助太刀する。世界を越えた時、ヘルの戦闘能力を少し分配されたショウは、敵の親玉・北川を圧倒する。そこに犬を連れた新たな葉っぱ人間が現れ、ショウたちに襲いかかってきた。「君たちの存在は我々を否定する事になるから認められない」と!

作品注釈

※1『BASTARD!!―暗黒の破壊神』
1988年~。大魔法使い、ダーク・シュナイダーが世界の命運をかけ、大神官の娘ティア・ノート・ヨーコとともに戦士や魔物、天使や悪魔などと闘う。黙示録的な世界観も絡んだ壮大なバトル・ストーリー。萩原一至による漫画作品で、2022年にはアニメ化もされている。

『闇金ウシジマくん』
2004~19年。「10日で5割」という超暴利の闇金融「カウカウファイナンス」の経営者・丑嶋馨とその従業員たち、および債務者たちの日常を通して、ディープな社会の闇が描かれる。真鍋昌平による漫画作品で、山田孝之主演で実写ドラマ化・映画化もされた。

※3『ワンパンマン』
就職活動に行き詰っていた青年・サイタマが幼いころからの夢「ヒーローになりたい」を思い出し、頭髪をすべて失うほど激しい3年間のトレーニングの結果、どんな敵でも一撃で倒せる最強の力を手に入れる。ONEが2009年よりWEBサイトで連載。ONEが原作を務めた村田雄介によるリメイク版が2012年より連載されている。

※4『ARMS』
1997~2002年。事件や事故に巻き込まれて失った体の一部にナノマシンの集合体である兵器「ARMS」を移植された若者たちが、世界規模の陰謀に巻き込まれていく。2001~2002年にかけて4クールにわたってアニメ化された、皆川亮二の代表作の一つ。

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