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夢をあきらめた元芸人の二刀流ライフ!! 平日は社会人、休日は芸人になる!

週末芸人(1)
(著:久保田 之都)
2022.03.26
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「二度と帰らないと誓った場所」

お笑い、演劇、落語、ダンス、音楽。かつてなにかしらの舞台表現を学生の頃にやっていた人の何パーセントかは、自分がすでにその世界から立ち去ったことを「もう足を洗ったんだよね」と表現する。テニスサークル出身者からは聞いたことのないセリフだ。そんな言い方しなきゃいいのにと思わなくもないが、なんだかとてもよく似合う。なんなんだろ。

舞台の魔力だろうか。それとも「二度と舞台には戻らない」と覚悟を決めた重たさが「足を洗った」というフレーズに釣り合うのだろうか。



これこれ、この覚悟と舞台への憧れでぐちゃぐちゃになる感じ。

『週末芸人』の“渋谷”が舞台に上がる瞬間を読むと、今まで何人も見てきた「もう足を洗ったんだよね」と言った人の姿がちらつく。




足を洗った人の肩に少なからず乗っかっているであろう奇妙な荷物と、それを押し飛ばす渋谷の衝動と、渋谷を照らす舞台照明。ああ全身がむずむずする。

もちろん「みんな戻ればいいのに」なんて言わない。でもね、めっちゃ楽しそうなんだわ。

元芸人の会社員

渋谷はメーカーの総務部で働く26歳。社会人2年目で元芸人。18歳でお笑いの養成所に入り、24歳まで芸人をやっていた。



昼休憩の時間すら仕事に充てるし、喫煙所でのコミュニケーションも欠かさない。めちゃくちゃ丁寧な働き者だ。お辞儀の角度まで決まってる。そんな渋谷の経歴を知っている人は社内にも何人かいて……、



こんな絡みも時々受けるし、それを会社員らしくうまーくかわす方法も身につけている。スキがない。

そうやって本気で会社員になった渋谷を、元相方の“高峰”は再び舞台に呼び戻そうとする。高峰はユーチューバーや構成作家として活躍する27歳。



ここから始まる高峰と渋谷のやりとりを読むと胸がチクチクする。必読だ。渋谷が舞台と元相方に対して感じる負い目も刺さるし、高峰の軽やかな言葉に「あっ」となる。


事務所に所属していなくてもお笑いはできる。高峰は渋谷に「社会人が週末にお笑いの舞台に立つことは、社会人がコミケで同人誌を売ることと何が違うの?」と問いかけるのだ。たしかに。

でも渋谷は煮え切らない。



「もう二度と舞台には立たない」なんて言いながら会社員をやってる人間だからなあ、この苛立(いらだ)ちはわかる。で、そんな渋谷の気持ちを、元相方だってちゃんとわかっている。



プロじゃないままお笑いを続ける葛藤が丁寧に描かれる。ああやっぱり再結成ならずか……と思いきや!



舞台から降りたのは、舞台への興味が失せたからじゃない。だから渋谷は「もう戻らない」と強く念じながら今の生活へ過剰に適応していたのかも。つまり、渋谷は、今もやっぱりお笑いが大好き。

週末芸人は、平日社会人

こうして渋谷と高峰は再びお笑いの舞台へ戻ってきた。コンビ名は“高峰渋谷”。



解散から数年経っても「またやろうよ」と再結成できるくらいのコンビだから、セリフのちょっとした変化で相方の意図をすぐに汲み取ってテンポよく漫才が進む。お笑い芸人のアスリートっぽさがたまらない。

と同時に、渋谷は会社員でもある。会社の同僚は渋谷の芸人活動を応援してくれているけど……?



山のように積もる会社のタスク。部長にもなんだか目を付けられてるっぽいし、サラリーマンあるあるの平日はずっと続く。そちらも渋谷が選んだ人生だからだ。このリーマン感がいいんですよ。『週末芸人』のよさの一つ。

そして渋谷がさんざん感じていた「かつて舞台を降りた負い目」だって消えることはなく、いろんな形で顔をのぞかせる。



今まさにプロの芸人を目指して養成所に入ろうとしている若手のこの顔! このとき渋谷はどんな顔で聞いている?

覚悟を決めて一つの世界に飛び込んで、ずっと諦めない人は、そりゃかっこいい。でも、渋谷のように会社員と芸人を両立させる生き方は、舞台照明のまぶしさと同じくらい私の目を奪う。一度足を洗った人が再び舞台に上がるさまを見てみたいのだ。

  • 電子あり
『週末芸人(1)』書影
著:久保田 之都

芸人の夢を諦め、社会人として働く渋谷。元・芸人であることを隠しながら生きる彼の前に、かつての相方・高峰が現れる。高峰の提案──それは、アマチュアのみを対象とした「社会人」によるお笑いイベントの参加だった。平日は社会人、週末は芸人の二刀流ライフが始まった!

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています

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