目が離せない
とびきり美しい者同士が恋をする少女マンガだ。
吸い込まれそう。(この大切な場面で吹き出しが透明なのも好き)
『うるわしの宵の月』という良い香りがしそうな題名や、なめらかな表紙のままの作品で、あまりに目が離せなくて、次の駅で降りないといけないのに「私がまだこれを読み終わっていないのだから時間は止まるべき」と考え、みごと乗り過ごした。でもほんと、こういうときは時間のほうが気をつかってどうにかしてほしい。私はなにも譲れない。そのくらい面白かったし、途中でやめずに最後まで一気に読んで正解だったなと思う。一日中ずっと上機嫌ですごせた。
とにかく引力の強い作品だ。ヒロインとヒーローの容姿が本当にきれい。でも強さはそれだけじゃない。
ただただ気になる相手がいること、そしてその相手もこちらを意識し、やがて近づいてゆくこと。そう、互いにふるふると引っ張り合う感じがたまらないのだ。
「王子」と呼ばれる女の子が肯定されるとき
“滝口宵(たきぐちよい)”は女の子たちから「王子」というあだ名で呼ばれている。
背が高く、キリッと涼しい顔をもち、困っている人がいたら物怖じせず助ける正義感の強い女の子。(電車のドアをガッと抑えるっていう本来ならあんまやるべきじゃないことも、人助けのために咄嗟にできちゃうタイプ)
そう、宵は女の子なのだ。しかも「王子らしくかっこよくふるまうことが好きな女の子」ではなく「もって生まれた容姿や何気ないふるまいが王子っぽい女の子」。王子なんて目指してもない。
フツーに生きてるだけなのに周りからは「王子!」「イケメン!」と勝手に呼ばれてしまうのだから、本人は複雑。クラスの男子も「自分よりモテる女? ムリムリ」と笑う。「王子」は宵にとって肯定の言葉じゃない。
ある日、宵はもう1人の“王子”と出会う。
“市村先輩”。女子から絶大な人気を誇る人物で、こちらは性別が男。あだ名は宵とおなじ「王子」だが宵のような王子的ふるまいをしているわけではないし、なんなら悪そうだしちょっとずつ言動が失礼。
市村先輩は「王子」と呼ばれる宵を一目見るなり「美しい」とストレートに思う。市村先輩のストレートさが私はすごく好きだ。
完全同意。一方の宵はというと。
ときどきすさまじく赤面する。でもわかる。「君は美しい」「君はかわいい」と生まれて初めて親以外の誰かに言われたら、その声って一生忘れられないはずだ。
しかも、市村先輩は宵の容姿だけじゃなく、その王子っぽさも含めてまるごと肯定する。
今まで言われたことのないような言葉をバンバン投げかけられるわけだから、赤面もするだろう。
で、顔を真っ赤にして動揺する宵を見た市村先輩は……?
名場面。心を動かされるって「欲しい」に似た感情だと思う。私は射抜かれすぎてもうここで解散してもいいくらいクラクラした。市村先輩のストレートかつすばらしい言動は他にもいっぱいあるので楽しみにしてほしい。
「王子だもんね」
宵は少しずつ市村先輩の一挙手一投足が気になるように。
自分と同様に「王子」と呼ばれる市村先輩が女の子から凄まじくモテまくっているであろうことを、宵はたやすく想像できてしまう。複雑!
でも、自分と同じように好きで「王子」扱いされているわけじゃないことも次第にわかってくる。お互い今まで出会ったことのない未知の存在だけど、この2人だからこそわかりあえる話も沢山あるのだ。
ともに「王子」と呼ばれる者同士が他の誰にも見せたことのない表情を見せてゆく過程がたまらない。
顔を赤らめるとき、指がふれて動けなくなるとき、そして相手の名前を知るとき。ひとつひとつの過程にものすごいエネルギーが込められた作品だ。だから美しい少女マンガだと感じるんだろうな。市村先輩の名前があきらかになるシーンが大変すばらしいので、読んで宵とおなじ体験をしてほしい。時間が止まります。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。