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脳と人工知能が融合する未来。 池谷裕二×紺野大地が脳AI融合の最前線を語る!

「脳AI融合の最前線」について、分かりやすく解説した本書は、発売前から重版がかかり大いに注目を集めている。「ERATO 池谷脳AI融合プロジェクト」の研究総括を務める池谷裕二氏の企画、監修の下、研究員である紺野大地氏が主に執筆した画期的な1冊だ。担当編集の家田有美子が、著者二人の深い本音と熱い想いを聞いた。

2022.01.13
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人間よりもクリエイティブなものづくりが得意な人工知能

家田 本書には、驚くような最先端の人工知能(AI)技術がさまざま出てきますが、数ある中でも「これは」というものを改めてご紹介いただけますか。

紺野 僕が今すごく注目しているのは、AI自体が何かをアウトプットする技術です。代表的なのが、文章を作成することができる「GPT-3」。将来的には今回のような本も、ある程度データを入れることでポンとAIが1冊書いてくれるようになるかもしれません。期待しています(笑)。

池谷 すでにブログは人間と見分けがつかないレベルまで生成できたという話が本でも出てきますが、小説はまだちょっと人間が書くレベルには達していないかな。この技術は、フェイクニュースも作れるという大きな問題もはらんでいます。
言語の指示をもとに絵を描いてくれる「DALL・E」というAIも登場していますが、こういう何かを生み出すクリエイティビティとかイマジネーションって、実は人間よりもAIのほうが得意なんですよね。クリエイターって特殊な能力だからこそ、少数しかいない。本質的に人間は苦手な分野です。ならばAIに任せればいい。でもそこで出てきたアイディアを、これがいい、これが好みだと選択するのは人間の仕事だと思います。

家田 今回のメインテーマですが、脳とAIがつながると何ができるのでしょう。

池谷 脳の活動は、1つのビッグデータです。それを解読していくのにAIを使うというのが、今成功している分野ですね。

紺野 そこで解読した脳活動のパターンに応じて特定の脳領域を人工的に刺激することで、パーキンソン病やうつ病などを治療する方法も期待されています。

池谷 そういった脳活動を正常な状態に整えるような医療への応用が、「脳AI融合」が広く目指す方向です。そこに加えて「脳の能力を拡張しよう」というのが、いま私たちが進めているプロジェクト。本来、感覚がないから感知できない情報を脳に送るというものです。
たとえば、LとRの発音の識別などもそうですね。私も全然聞き分けられないのですが、脳の活動はLとRで異なる反応を示しているので、それをAIによって顕在化させるんです。実際2017年に大阪のCiNetという研究所で、このLとRの聞き分けは実現されています。

人間はいつかAIに支配される? 実はそれよりも懸念すべきこと

池谷裕二氏

池谷裕二氏

池谷 脳の拡張は、「脳AI融合」の分野では比較的マイナーな領域です。ちょっと危険な、マッドサイエンスと捉えられてしまうところがある。安全性については他の研究と大して変わらないのですが、「神への冒瀆だ」と反射的に感じる、生理的な反発があるんですね。SF的な話では「AIが暴走しないか」や「AIが人間を支配しまいか」などがありますが、私としては一般社会がそんな恐怖心を持ってしまうことのほうが怖いです。

紺野 脳の情報は究極のプライバシー情報なので、その辺りの配慮は大事ですね。

池谷 そうですね。「人に自分の裸を見られるのと、脳の中を見られるのと、どっちがはずかしい?」という究極の質問。

家田 いま、自分が考えていることを全部読み取られたら……。

池谷 僕は裸を見られるより絶対嫌ですね(笑)。

家田 ほかに懸念事項はありませんか?

池谷 脳に直接電極を刺したりするのは、感染症を起こす危険があります。一度脳を開けなければならないし、電極を刺したまわりの細胞や血管に損傷を与えないのか、外科的な心配があります。

紺野 イーロン・マスクがやろうとしていることがまさにそれで、現段階では絶対にやめて欲しいというのが医師としての僕の考えです。将来的にレーシック手術のように安全な技術にすると彼は言っているのですが、そのくらいの安全性が担保されるまでは、人間に適用するのは厳しいと思っています。それに彼らは、脳に埋め込んだ電極をスマホで操作できるようにすると言っているのですが、ハッキングされないかという問題もあります。

池谷 自動運転にもハッキングの問題はありますね。ハッキングできなくても、標識にガムテームなどで細工すれば画像認識が誤作動するので事故を誘導できる。結局、人間の敵はAIではなく人間です。人間同士が仲良くしないと、せっかくのAIも有効活用できない。僕らくらい専門の知識があれば、すぐに悪いことはできる。

紺野 そうですね……。

池谷 僕らは絶対にしないし、そもそもできないように倫理委員会も設け、また常に倫理の勉強会を開いています。それは、最先端の技術を持った者の義務ですね。

家田 便利になりすぎると、別の能力が退化するようなことはないのでしょうか?

池谷 僕は退化はあっていいと思っています。たとえば文字がなかった時代の人たちは今の人よりも記憶力が高かったわけですが、記憶をするという脳が苦手な作業を文字の発明によってアウトソーシング化したわけですね。その瞬間から、記憶力は不要なものとして退化させたのです。ワープロが生まれ、インターネットが発達した現代ではさらに記憶力が落ちていると言われますが、それは脳の使い方が変わったから。衰えたというより、全体としてはむしろ成長している。昔より今の人間のほうがはるかに上手に脳を使っている。

脳AI融合の研究が最終的に目指すものとは

紺野大地氏

紺野大地氏

家田 お二人がこの研究で最終的に目指しているものは何ですか?

池谷 やっぱり、いまの社会の中で生きにくいという問題を抱える人たちを助けたいし、普通に社会に適応しているように見える人たちも、より生きやすくしてあげたいというのが究極の目標です。それに、「こんなことが実現できた!」という面白さも私自身で味わいたいし、人にも伝えたい。科学の進歩は、文化や哲学にも影響を与えるものだと思うんですけど、そんな影響力のある成果が残せればうれしいですね。

紺野 私も、直近の目標としてはパーキンソン病やうつ病の治療がターゲットですが、病気でない人でも気分が落ち込むことはあります。そんな時に、朝ピピッと脳を刺激したら少し元気になるような、そんな未来のマインドフルネスみたいなものができるのではないかと妄想しています。また、人間の脳と動物の脳とをつなぐことで、たとえばネコの耳を介して世界を感じたり、イルカの目を通して世界を見ることができるようになるかもしれない。脳には私たちがまだ知らないポテンシャルが秘められていると思うので、脳の限界を探り、そして拡張していきたいですね。

イーロン・マスクによって世界中に注目された脳AI融合

本書著者 池谷裕二氏(左) 紺野大地氏(右)

『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか  脳AI融合の最前線』著者 池谷裕二氏(左) 紺野大地氏(右)

家田 イーロン・マスクが立ち上げたブレインテック企業「NeuraLink」については、本書にも詳しく書かれていますが、お二人はどう評価されていますか?

紺野 脳に埋め込む電極の性能の高さや、それを埋め込む手術ロボットの作成など、技術的にはすごいことをやっているなと思います。一方で、科学的な成果としては、現状では特別新しいことを成し遂げているわけではないと思っています。池谷先生はどうお考えですか?

池谷 その通りです。でも、それでいいと思っています。イーロン・マスクが発表したことって、研究としてはすでにやられていることばかりの寄せ集めなのですけど、それをコモディティ化できるのが彼の力なんですよね。アイディア自体は彼のものではなくて、新しいことではないんだけど、それを本当に実現して、将来的に誰もが手に入るようなデバイスの開発を目指している。とても高く評価しています。
僕ら研究者が「こんなことをやっています!」と発表するだけではほぼ訴求力がなかったものが、彼の登場によって多くの人が知ることになりました。ニューロテックがかつてないほど注目を浴びている。しかも、彼は抜群の財力や人力を使って、それが本当に実現できそうだというのが、私たちの見方で、強力なライバルが現れたというよりは、頼もしい人が参入してくれたなという感じです。
彼を支えている技術は実際にすごいものです。僕らもそのおこぼれにあずかりながら、自分たちの実験をさらに前進させることができるので、とても歓迎しています。

紺野 個人的には、科学を前進させるにはイーロン・マスクのようなやり方もあるんだなと感銘を受けました。

家田 でも、脳に直接電極を刺すということについては、懸念を持たれていましたよね。

池谷 たぶん、ゆくゆくは細いキリで開けたような極小の穴に糸のような極細の電極を刺して、自然と骨が閉じるようなものを開発するんじゃないかと思うんですけど、そうしたら私は刺してみたいな。

紺野 僕はちょっと怖いです。最初の何人かはうまくいかない可能性の方が高そうで……。

池谷 じゃあ、私が人柱になって(笑)。いや、でも実際に脳をよく知る我々からすると、10本や20本電極を刺したくらいじゃ、大した記録がとれない。得られる脳の情報として、まだまだ不十分ではないかという別の問題もありますよね。脳はそんなに簡単に全部が解読できるようなつくりをしていないから。

家田 実際に、いまの段階ではそういうことはどこまでできるのでしょうか?

池谷 現状はまだまだです。ネックになっていることの1つに、記録方法が甘いというのがあります。今の方法だと、全部の脳、全部の神経、あるいは全部のシナプスの活動を記録するなんて到底無理です。技術に限りがあるから、解読の精度が低く、間違ったりもする。

紺野 現時点で脳活動からどのくらいのことが分かるかと言うと、その人が思い浮かべているのが動物なのか果物なのかを判別することは、そこそこの精度で正解できると思います。

池谷 そうだね。それっぽい形まではわかる。結構ミスもするんですけどね。見ている夢を読み解くという研究もありますが、あれも同じで、この人はこういう時にこういう脳の活動をするというのを、ダーッと事前にたくさんデータを集めておいて、寝ているときにここが活動しているからこの夢だと、かろうじて当たることがあるぐらいなんですよね。まぁ、そう考えれば、現時点では脳の中を見られるのはまだそれほど恥ずかしくはないですね(笑)。

池谷 いつか安全でそれほど侵襲性が高くない小さな電極が開発できたら、やっぱり僕の脳に移植してもらいたいな。「これ便利だよ。君はまだ入れてないの。遅れてるー」ってね。脳に電極を入れているのが当たり前の時代になってもおかしくない。

紺野 いずれは、そんな時代が。でも最初に入れすぎると、いずれ電極がバージョンアップされて「旧世代の電極の人」になっちゃうかもしれませんよ!

池谷 ああ、初代iPhoneをまだ使っているのみたいにね(笑)。

AIが生み出すアート作品の価値とは

紺野大地氏(左)、池谷裕二氏(右)

紺野大地氏(左)、池谷裕二氏(右)

家田 AIは人間よりも実はクリエイティブだというお話がありましたが、AIが生み出したアートについてはどう考えますか?

池谷 AIは人間よりも上手に絵が描けるし、実際に高く売れた絵もあるという話は本でも紹介しました。でも、あれも面白がるのは最初のうちだけな気がするんですよ。現時点のAIでも詩集くらいはつくれるほどの性能はあるけど、売れるのは最初だけで、やっぱり人間の詩集のほうが売れるはず。それは、なんといっても、歴史があるからじゃないですかね。
将棋とかも、今ははっきり言ってAIのほうが人間よりも強いです。AIが華麗な手を打って、「うわー、そういう手があったか!」というのはあります。でも、80年代にはこういう棋士がこの手を指して、そのあとにこういう棋士がとか、そうした来歴の重みがあった上で嗜むほうが、もっと楽しめますよね。
人間は、咀嚼するのにも時間がかかるんです。この時間というファクターが人間にとっては強力な制約になっているんですけど、芸術の面白さはその時間が生むんですよね。私はクラシック音楽が好きですが、バッハのあと、いきなりショパンが出てきたらつまらないと思う。やっぱり、その前にベートーベンがどう伝統を崩して、などの過程があるからこそ、ショパンが楽しめるというのがあるんですよ。古臭い考えかな?

紺野 池谷先生がおっしゃるように、アートを生み出すクリエイティビティは人間よりも人工知能の方が優れていると思います。それでも人間が生み出したアートを好む人が多いのは、人間にはそのアートを生み出すまでのコンテクストがあるからだと思います。でも僕は、いずれは人工知能にもコンテクストが生まれるんじゃ無いかと思うんです。今の人工知能にコンテクストがないのは、まだ生まれてから時間が浅いだけなのかもしれません。これから10年、20年経って、「これは、あのデミス・ハサビスが初期につくった人工知能が生み出したアートだ」となったら、そこには価値のあるコンテクストが生まれるのではないでしょうか。

池谷 なるほど。確かに、これから歴史がつくられていくんだろうね……。

紺野 そう思います。

家田 先ほど脳AI融合の研究自体が、人間の文化に影響を及ぼすかもしれないというお話もありましたね。

池谷 そうですね。たとえば19世紀。カエルの死体に電極をつけて刺激したら、筋肉がビクビクッと動かす実験をやった人がいるんですけど、それで神経活動の実体は電気だとわかった。それは当時、哲学にも関わるような衝撃的な発見だったんですよ。「自分たちの体は、電気活動で動いているロボットだ」というね。そこから生まれてきた物語がフランケンシュタインです。あの名作も科学の知見によって生まれたものと言える。
DNAの二重らせん構造についての研究なども、ヨーロッパの哲学、考え方を変えましたよね。自分たちは遺伝子から成り立っている。それは概念的にすでに知られていた。しかし、その遺伝子がこんな幾何学的な構造をしているのかという衝撃は、かなり大きかった。生命の神秘である遺伝子が、ただの物質だった衝撃です。こういう科学の発見は、人々の倫理観や哲学に明らかに影響を与えている。

紺野 確かに、そうですよね。

池谷 私たちがやっている脳AI融合分野は社会に影響を与えやすいところに位置していると思うので、この研究を進めた先に到達できる世界に期待しています。医療や教育に役立つだけでなく、新しいSF小説や映画のきっかけになったりしたら、それも面白いですよね。そして、そうした社会の変化から、また私たちも刺激を受けることになるのではないかと思っています。

撮影/渡辺充俊(講談社写真部)

池谷裕二(いけがや・ゆうじ)

1970年生まれ。薬学博士。現在、東京大学薬学部教授。日本における脳研究の第一人者。「ERATO 池谷脳AI融合プロジェクト」の研究総括を務める。日本学術振興会賞など数々の賞を受賞。『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(ともに講談社ブルーバックス)をはじめ、著書多数。

紺野大地(こんの・だいち)

1991年生まれ。東京大学医学部卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院 老年病科 医師。「ERATO 池谷脳AIプロジェクト」研究員。Twitterやメールマガジン「BrainTech Review」で脳についての最新研究を発信。本作が初の著書となる。

  • 電子あり
『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』書影
著:紺野 大地/池谷 裕二

【松尾豊氏、絶賛!】
「脳とAIが融合する未来。怖いと感じるでしょうか、わくわくするでしょうか。
脳に知識をダウンロードできたら? 互いの脳をインターネットでつなぐことができたら?
――そんな未来が可能になりつつあることを、本書は垣間見せてくれます。
グローバルな科学技術の進展と、それが産業化するときのスピード。
それに対し、自分たちがどう考え、どう備えないといけないのか。そんなことをこの本は問いかけてくれます。
著者の人間と技術への愛と好奇心、そして洞察に満ちた、読後になぜか心が温かくなるような良書です。 科学技術、そして我々の社会の未来を考える人、必読です」松尾豊(人工知能研究者、東京大学大学院教授)

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