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ウイルスはヒトではなく、細胞に感染する。人体37兆個の細胞内のドラマ

2020.11.28
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「細胞」といわれて最初に思い出したのは、いつかの理科の実験だった。玉ねぎの一部をプレパラートに載せて染色し、顕微鏡で観察する。「細胞ってこんな風に見えるんだな」と、新鮮に感じた。とはいえ、それが自分となにか関係があると考えたことはなかったし、なんとなく縁遠いものだと思い、すっかり忘れていた。

だから「細胞とはなんだろう」とあらためて問われると、困った。専門家の人にとっては身近な研究対象かもしれない、でも私の日常には関係ないし……と。そんな他人事な気持ちで読み始めた冒頭に、著者のこんな言葉があった。

そう、僕たちはみな、細胞からできている。
人間ばかりではない。この世のすべての生物はみな、等しく細胞からできている。大きな生物も小さな生物も、バクテリアでさえ細胞からできている。(中略)新型コロナウイルスは僕たち人間の細胞に感染するが、感染するのはあくまでも生物でもない人間の細胞であって、僕たち人間そのものではない。

当たり前のことを言われただけなのに、ハッとさせられた。……ああ、そうか、そうだった。玉ねぎだけじゃない。私も細胞のかたまりなのか。たとえば「病気になった」と感じる時。その症状に気づいたり、診断を受けた時には、「細胞」の変化はとっくに起きた後なのだ。細胞あっての私、だからまったく「他人事」ではない。どこまでも「自分事」の話だった。

そんなふうに思いなおしてから読み進めると、本書がちょっと変わった視点から「細胞」を眺めたものだということもわかってくる。第1章から第5章まで、解説は細胞膜、リボソーム、ミトコンドリア、細胞内膜系、細胞核と、細胞の中心に向かって進んでいく。一見、ふつうの「細胞」解説本だ。

だが実際のところ、その立脚点は細胞そのものではなく、「ウイルス」にあった。実は著者の専門はウイルス学で、その中でもマイナーといわれる「巨大ウイルス」を扱ったものだそうだ。

しかも、ウイルスは細胞ではない。細胞からできていないので、生物でもない(中略)
僕が研究している巨大ウイルスは、ふつうのウイルスよりも生物のほうにそのしくみが近く、「もともと生物だったのではないか」とさえ考える人もいるくらいのヘンなウイルスだ。しかし、今のところは巨大ウイルスもふつうのウイルスと同様、生物(細胞)ではない。もう少しで細胞になれるかもしれないのに、なれない存在──。それが巨大ウイルスだともいえよう

だから著者は、「ウイルスのしくみを通して細胞を見つめる態度」で筆を進める。読み手としては、細胞についてはもちろん、ウイルスについても新たに多くを知ることができる、一石二鳥の構成。

語り口はやわらかで、具体例も身近なものから挙げてくれている。たとえば細胞質に浮かんだ大きな構造体を、映画『スター・ウォーズ』に出てくる「スター・デストロイヤー」と表したり、細胞内につり下がっている「小胞体」を「蚊帳」と見立ててみたり。他にもいろんな場面で著者の趣味がちりばめられているし、細胞やウイルスの働きはなぜか関西弁でつぶやかれているので、気づくと思わず笑ってしまう。たとえば第3章のテーマであるミトコンドリアについて、アメリカの生物学者、リン・マーギュリスによって唱えられた学説の紹介はこんな感じ。

細胞内共生説とは、すなわち「ミトコンドリアは、ほんまはバクテリアやったんやで」という学説で、それが真核生物の祖先となった細胞(おそらく嫌気性のアーキアの祖先だと考えられている)に共生し(当時はもしかすると、単なる「感染」だったかもしれない)、その結果、「なんやしらん、ミトコンドリアになってもうたがな」というものである。

そう、ミトコンドリアはもともと別の生物だったのだ! そんな彼らが、細胞内で「細胞小器官」へと変化したのち、今ではどのような機能を持って働くようになったのかを、著者は詳しく説いていく。くわえて、他の微生物(バクテリア)の食作用に関する論文も取り上げ、ミトコンドリアが現在の状態へ至ったのは「当時の真核生物(の祖先)に食べられて、消化されずに細胞内部で息づいたから?」という仮説も教えてくれる。添えられたイラストにも思わずにっこり。難しい内容を、こんなにも楽しげに語ってくれる研究者がいるとは思わなかった。


イラスト/永美ハルオ


いっぽう、かなり専門的な内容が続くことで、くじけそうになる場面も多々あった。出てくる名称は初耳のカタカナが多く、ときには呪文にも思えたほど。初見ですべてを覚えるのは難しい。「あれ? これ、なんの意味だっけ!?」と混乱することが何度もあった。

だがそんな時には、巻末のさくいんが大活躍! 本書内に登場した単語が10ページにわたり網羅されている。また図解もイラストも豊富なので、当初は「ウイルスにもサイズがあるんだ~」レベルだった私でも、想像力を補ってもらうことにより、徐々に理解を深めていくことができた。

細胞とウイルス、それぞれの構造を知れば知るほど、作り上げた自然の力に驚かされる。そして、それを解明し続けている人間のたゆまぬ努力にも感嘆する。複雑な仕組みの解説に、「よく思いつくなあ、こんなこと!」と、何度つぶやいたことか。こんなご時世だからこそ、自分のいちばん身近にある「謎」の解明と現状を、ぜひ楽しんで読んでほしい。

  • 電子あり
『細胞とはなんだろう 「生命が宿る最小単位」のからくり』書影
著:武村 政春

人体37兆個、すべての細胞内でドラマが起こっている! そして、侵入者=ウイルスの視点から見てみると……? 生命観がガラリと変わる!

どのように誕生し、どう進化してきたのか?

巨大生物も微生物も、単細胞生物も多細胞生物も、あらゆる生物は細胞からできている。
脂質の膜で覆われたその内部では、いったい何が起きているのか?
DNAを格納し、増殖の場となる。
タンパク質をつくり出し、生命現象の舞台となる。
そして、ウイルスが感染し、病気を生じさせる現場にも……。
5つの主要パーツのしくみとはたらきを徹底的に掘り下げながら、生物に最も近い存在=ウイルスの視点も交えて語る新たな生命像。

〈本書の主役となる5つの主要パーツ〉
あたかも、ウイルスに侵入してくれと言わんばかりの構造をしている【細胞膜】。
ウイルスに容易に乗っ取られてしまうタンパク質合成装置=【リボソーム】。
ウイルスに瓜二つのエネルギー工場=【ミトコンドリア】。
新型コロナウイルスにもまんまと利用される輸送システム=【細胞内膜系】。
そして、細胞の“司令塔”たる【細胞核】にいたっては、ウイルスによって生み出された!?
細胞の機能としくみ、その一生はなぜ、現在の私たちを構成するあのような細胞となったのか?
そして、その進化の過程でウイルスが果たした役割とは?
──気鋭のウイルス学者が、「侵入者目線」で新たな細胞像を解き明かす、傑作サイエンスミステリー。

〈もくじ〉
プロローグ 細胞とはなんだろう
第1章 細胞膜──細胞を形づくる「脂質二重層」の秘密
第2章 リボソーム──生命の必須条件を支える最重要粒子
第3章 ミトコンドリア──数奇な運命をたどった「元」生物
第4章 細胞内膜系──ウイルスに悪用される輸送システム
第5章 細胞核──寄生者が生み出した真核細胞の司令塔

レビュアー

田中香織 イメージ
田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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