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美女刑事も腐敗も圧倒的にリアル!「元大阪府警刑事」が書いた警察小説
(著:二上剛)
本格ミステリーベテラン新人発掘プロジェクト。これはその名の通り、島田荘司(しまだ・そうじ)さんと講談社がタッグを組み、応募を60歳以上の方に限定したミステリー小説の新人賞でした。
現在、新たな募集は行われていないようですが、講談社のサイトに掲載のプロジェクト概要には、「長い社会経験を通じて培われた才能を本格ミステリー小説の創作に生かしてみませんか」と書かれています。第2回受賞作の『砂地に降る雨』は、大阪府警の元刑事という経歴の著者が執筆した警察小説で、まさしくプロジェクトの要旨に添った作品だったと言えるでしょう。
この『砂地に降る雨』は受賞後『黒薔薇 刑事課強行犯係 神木恭子』に改題し、'15年3月に講談社ノベルスから刊行され、'17年2月には文庫版が出版されました。
著者の二上剛(ふたかみ・ごう)さんは、すでに述べたように、大阪府警の元警察官です。某警察署の暴力犯担当刑事だったらしく、本書の主人公・神木恭子も、大阪府警に所属する新米刑事です。
まだ24歳と若く、自他ともに認める美女の神木が、警察官になった理由は、漫画の『るろうに剣心』の影響で始めた剣道を続けたかったから、というもの。花形の刑事に昇格し、長田署の刑事課強行犯係にいますが、一緒にコンビを組むゴリラそっくりのベテラン刑事のミソジニー的な発言には日々うんざりするしかなく、どこをどう見渡しても優しいイケメンなど存在しない職場に、愛着は一片たりとも抱いていない様子です。
その神木が、元ヤクザの老人・安本の訴えをきっかけに、殺人事件を解決に導いてしまう。もっともそれは、彼女をより大きな闇へと引きずり込む端緒でした。
ほどなく、安本の家から身元不明の7体の死体が発見される。それら死体の謎が、大阪府警上層部の暗部と密接に関係していることがわかり始めると、神木をはじめ警察官たちの人間関係も、次第に不穏な空気に包まれてゆきます。
警察内部の腐敗、不正。そうした巨大組織の闇と対峙し、秘密を暴こうとする美人の新米刑事には危険が迫る、という筋立ては、ありきたりと言えばありきたりかもしれません。僕はそんな王道エンタメが大好きですが、食傷気味の読者も少なからずいるでしょう。ですがそこは、元刑事の著者による警察小説です。警察内部の描写にはリアリティがある。
刑事同士の生々しい会話。被疑者とのやり取り。キャリアとノンキャリアとの立場の差異から生じる考え方の違いや、それらがもたらす偏見、驕り、強烈な嫉妬、羨望。様々な価値観や感情がのべつ幕なしに現れて、カレイドスコープのごとく織りなされる迫真性が、著者の綴る文章の行間にまで滲み出ています。長年、警察官として働いてきた著者だからこそ出せる臨場感。それだけでも本書には一読の価値がある。
個性的な登場人物たちの描き方も、元刑事の著者だからこそ書けたのだろう、と思わせるものがありました。極悪人としか思えない人物に、実は優しい一面がある。犯罪者は悪としての性格が強調されがちですが、完全に人間性を失っているわけではないのです。彼らもまた僕たち私たちと同じ人なのだ──と読者に共感を抱かせておいて、やはり最低な人物じゃないかと再認識させるような描写もかなり多い。つまり、人を多面的に描いている。
人間が常に内包する「矛盾」は、人物を描く上でとても有効な手段でしょう。キャラクターの内面の矛盾、行動の矛盾を物語が破綻しないレベルで効率的に描くことで、一気に人間臭くなるから。そのため、人の矛盾を描くという手法は、ジャンルを問わずあらゆるフィクションで見受けられますが、本書の場合は不思議とそこに作為が感じられなかった。その自然な感じが、素直にすごいなと唸らされました。著者が想像力をフル稼働させてリアリティを追求したというよりも、警察官としての長年の観察力から生み出されたリアルな登場人物たちだった、と思えるのです。
だからこそなのか。初めのうちはまだ、どこかしらその内面に純粋さを残し、典型的な男社会を連想させる警察組織に辟易していた神木も、駆け引きが連続するストーリー展開に伴い、たくましさやずる賢さを身につけて、猫が虎に変身するようなドラスティックな成長を遂げてゆく。フィクションらしい派手な進展(神木の変化)なのですが、それでいて確かなリアリティも感じるのです。
謎めいた7体の死体発見がきっかけで始まった暗闘の末に、神木はどうなってしまうのか。次々と様相が変じていく事件の謎は、いかにして解決されるのか。それとも、解決を見ずに終わるのか。気になった方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。元刑事の著者が描く、骨太の警察小説です。
『黒薔薇 刑事課強行犯係 神木恭子』特設サイトはこちら⇒http://kodanshabunko.com/kurobara/
- 電子あり
大阪府警の新人刑事・神木恭子は、担当した殺人事件を、別件で関わった老人の訴えを元に解決した。だが老人宅から7体もの死体が発見される。それは府警上層部が隠匿する黒い闇の一部だった。真実を暴こうとする神木だったが、彼女自身もその闇に呑み込まれていく。警察の暗部を元刑事が描く本物の警察小説。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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