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あなたはトランプを笑い飛ばせるか?──実は心に響く「放言集」
(編:セス・ミルスタイン 編・訳:講談社)
いよいよアメリカ大統領選挙も最後の山場、テレビ討論を迎えています。ケネディ対ニクソンでケネディに逆転勝利をもたらして以来、一躍注目されるようになったテレビ討論ですが、そこでは政治的主張のやり取りだけでなく、外見的インパクトも重要になっていることは否めません。ケネディが服装でニクソンに勝り、またテレビに不慣れなニクソンの困惑と(怪我の痛みによる)冷や汗が敗北に繋がったといわれています。またブッシュ(息子)とゴアでのゴアのしかめ面やため息がブッシュに好印象を与えたこともよく知られています。
テレビ討論での失言(!)も選挙の流れを大きく左右していることもあるようです。1976年のフォード対カーターでのフォードの「ソ連による東欧支配はない」という失言は選挙の趨勢を決したといわれています。
で、このトランプ氏、出馬宣言をしたときには泡沫候補扱いというか、常識知らずの“トリックスター”扱いでした。候補者となった今でも共和党の本流(つまり保守派)から強い支持を受けていないようです。とはいってもクリントン氏と接戦にまで追い込んでいるところを見ると共和党本流も旗印を変えるかもしれません。
トランプといえば放言で知られています(失言というよりこのほうがふさわしい言動だと思うのですが)。
この本は'80年代から今年の大統領選挙運動期間中までの彼の放言(発言?)集です。彼の代表的な(!?)放言、「南の国境に、巨大な壁を建設する。そしてメキシコにその費用を払わせる。覚えておいていただきたい」も収録されています。もちろんそれだけでなく、出馬宣言後の発言が数多く収録されています。
と同時に興味深いのは'80年代の次のような発言です。
──人々の幻想につけこむのだ。人はいつも大きな絵を描いているわけではないが、それができる人にはワクワクさせられるものだ。だからちょっとした誇張は、誰も傷つけない。人はいつも、これは最大で、偉大で、壮大であると信じたがるものだ。──
──取引でやりがちな悪いことは、その取引を成立させようと必死さが見えてしまうことだ。取引相手が、自分より優位に立てることを嗅ぎ取ってしまう。そうなったらおしまいだ。──
──人を長く騙し続けることはできない。ワクワク感を演出し、すばらしいプロモーションを仕掛け、マスコミに取り上げられたら、少しだけ誇張してもいいだろう。しかし、いい商品を届けなければ、いずれ正体はバレてしまう。──
上記のような発言をみると、意外に(?)正鵠を射ているようにも思えます。ビジネスという実業であり、トランプ氏が寄って立つ世界のことで発言しているからでしょうか。
このような仕事観・成功観を持っている人が大統領選挙を通じて放言を繰り返したのはなぜでしょうか。また彼の言動が歓迎されていたのはなぜでしょうか。
「ワクワク感を演出」したとおぼしい“奇矯”な言動も、幾たびもメデイアに取り上げられるにつれて「あーあ、彼はそーいう人だ」と片付け、さらには「まともなアメリカ人ならトランプを選ばない」というような言辞が日本でも溢れていました。
これは正しいのでしょうか……。もしかしたら“木を見て森を見ない”というようなことはなかったでしょうか? 考えて見えれば前の共和党大統領ブッシュ(息子)氏はトランプ氏に比べて優れていたとは言い難いのではないでしょうか。任期のほとんどを戦争に費やしたのはブッシュ氏でした。それが対テロという名であったものもありましたが、「歴代支持率ワースト1の大統領」(ウィキペディアより)より本当にトランプ氏がおとっているのでしょうか。ここは冷静に考えるところです。
ところでこのトランプ氏、実は民主党のサンダース氏と共通するものがありました。それはワシントン政界に象徴されるエスタブリッシュメントへの批判というものです(サンダース氏はエスタブリッシュメントには政界だけでなく、富裕層も含めていましたが)。
──私は何が売れるか知っているし、人々が何を欲しがっているかよくわかる。──
この言葉がどの程度正しいものかはわかりませんが、当初は民衆の不満の“ガス抜き風”というようにも見えた彼の言動が、少なくとも不満を感じている人にはなにかの手がかりになっていたのかもしれません。
アメリカの統計数値が良くなっているということがいわれても、格差社会の中ではエスタブリッシュメントにしかその恩恵を受けることはできなくなっています。貧困層は、眼前の仕事を得ることすら充分に行えず、貧困層同士で、時には違法就労者とも仕事を奪い合うことになっています。彼らにとってエスタブリッシュメントの言動は少しもリアルでなく、きれいごと、世迷い言とでも思われていたのかもしれません。
トランプ氏を支持している人たちには今のアメリカの息苦しさ、未来への不安を感じている人が多いのではないでしょうか。「強いアメリカを取り戻す」というのは「まともなアメリカ人なら仕事がなくなることはない社会」というようにとらえられているのかもしれません。もしもそうならば、トランプ氏のいう「強国アメリカとは何を意味しているのか」を考え直すことも必要かもしれません。そもそも弱国化したから強国化が必要なので、何をもって弱国化というかも考えることが必要です。在日米軍の対応などを考えると「軍事大国化」が「強国」だというものではないようです。
気になる言動があります。
──この国が抱える唯一の大問題は、政治的に公正であることだ。──
──政治的に公正であることは、時間のムダだ。そんな時間は私にはない。──
ポリティカル・コレクトネス(政治的な公正さ)に触れた部分です。これをどうとらえるのか、ポリティカル・コレクトネスへの反発というよりも、なにかアメリカの息苦しさの象徴としてトランプ氏は攻撃しているようにも思えるのです。
この本でも矛盾したトランプ氏の言動が収められています。有名なのは「大統領選に立候補する気はまったくない」(1987年)というものがあります。そのような一言半句をとらえて当否や矛盾を云々するのではなく、この本は大きな社会現象となった“トランプ旋風”の原因の一端を教えてくれます。いろいろな読み方ができる本です。ちなみに原文付きです、役立つ英語かどうかは別にして。
- 電子あり
いざ、大統領へ!! 彼の言葉は、なぜ響くのか?
“Make America Great Again!(アメリカを再び偉大な国に!)”
支持率はついにヒラリーを超え、ほんとうに大統領になってしまうかもしれないドナルド・トランプの”迷”言集。
「私は大統領になりたくない」「南の国境に、巨大な壁を建設する。メキシコにその費用を払わせる」「私の美点のひとつは、非常に金持ちであることだ」「ヒラリー・クリントンは夫すら満足させられないのに、なぜアメリカを満足させられると思うんだ?」――なぜ全米は彼の言葉に熱狂、失笑、激怒するのか?
和文英文併記で読みやすく、「トランプ語」のバカバカしさ、明解さ、恐ろしいまでの力強さが伝わります
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
note
https://note.mu/nonakayukihiro
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