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深夜、斜陽の百貨店。ワケありだらけの人間が集い、奇跡の一夜が訪れる!
デパートは、世代によって大きく印象が異なるもののひとつでしょう。買い物ができて、食堂がある。屋上には、小さな遊園地。そこで遊んでいた子供たちが、その頃には買えなかった物を大人になってから買う。デパートには夢がありました。
でも、それは遠い過去の姿です。
若い世代にとっては、箱形の“古い”ショッピングモール、その程度の認識でしょう。もしかしたら、そんなふうに意識することすらないのかもしれません。だとすれば、それはほとんど存在していないのと同じです。
『デパートへ行こう!』は、そのような斜陽の百貨店が舞台の群像劇です。2009年に講談社の創業100周年を記念して刊行され、2012年に文庫化されました。
夢も寝床もない中年男。悪だくみの女性従業員。家出中の高校生カップル。創業者一族の4代目社長。ヤクザに追われる元警察官。夜間の見回りを担当する百貨店の警備員たち。
彼らが期せずして集まる老舗の鈴膳(すずぜん)百貨店もまた、あるスキャンダルに巻き込まれていて、わけありです。夜、閉店後の静まり返った館内。登場人物の何人かは、こっそり身を隠しています。そこで何も起きないわけがなく、必然と偶然が絡み合う悲喜劇が読者を心地よく振り回してくれます。
著者の真保裕一さんは、江戸川乱歩賞でデビューして以来、これまで数々のヒット作を世に送り出してきたミステリーの名手。登場人物たちの過去や秘密が徐々に明かされてゆくところに、その優れた手並みがしっかりとあらわれています。そのぶんプロットは複雑ですが、読み進める上での苦労は──よほど群像劇スタイルが苦手な読者を除いて──たぶんありません。三人称視点で登場人物が頻繁に入れ替わるので、飽きっぽい性格の僕とは抜群に相性がよかったくらいです。
そのようにして展開される物語は、登場人物それぞれが特殊な事情を抱えた社会劇でもあるのですが、僕はとくに、職を失い、離婚で妻と娘も失った加治川英人(かじかわ・ひでと)の次の言葉が心に残りました。
──夢をなくした現代人は、この見通しの利かない屋上のように、ぐるりと味気ない管理施設に取り囲まれている。息苦しさに空を見上げても、低く重い雲が垂れ込めて、頭を押さえつけにかかってくるばかり。──
『デパートへ行こう!』が最初に刊行されてから、およそ7年が経っています。現代社会の暗い部分を端的に表現した加治川のこの言葉は、ますますその様相を濃くしているのではないでしょうか。
息苦しさだけなら、まだマシだったのかもしれません。昨今は魔女狩りよろしく殺伐としてきました。常に誰かがバッシングされ、貶められる。そのことに罪悪感を抱かないどころか、平然と正当化する向きも珍しくない。言うまでもなく惨状です。心身ともに疲れ果ててしまった、加治川の言葉のリアリティは増すばかり。
けれども、息苦しさだけで終わってしまったら、さすがに救いがありません。ただひたすらに辛い。
『デパートへ行こう!』では、救いとまではいかなくても、最後にうっすらと光明が射し込みます。人と人がわかり合えます。わかり合うための始まりが描かれています。たとえ息苦しくても、気持ちを新たに前を向く登場人物たちに、勇気やぬくもりをもらえるはずです。
多種多様な商品が並び、客を礼儀正しくもてなしてくれるのがデパートです。それと同じように、僕たちも現代社会という箱の中で、多様な価値観を共存させながら礼節を欠くことなく生きることができるのではないでしょうか。本作の感想はむろん人それぞれですが、僕の場合はそんな日が来ると信じたいな、と思わされるものでした。
『デパートへ行こう!』。心がほんのりあったかくなる素敵な小説でした。
レビュアー
赤星秀一(あかほし・しゅういち)。1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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