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『半沢直樹』成功の理由は、視聴者の想像力を完璧に見積もったこと

演技と演出
(著:平田オリザ)
2015.11.26
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いつも本を読むと、レビューとして書きたいことが3つ4つ出てきます。今回も、なんとなく我々が「演技とは」と考えているものは、実は漫画『ガラスの仮面』の影響が濃かったのではないか、『ガラスの仮面』の北島マヤのように「木(や役そのもの)になりきる」ことが、決して演技論のすべてではないことを知って驚きました。また、俳優はコンテクスト(一人ひとりの言葉の使い方の違い、あるいは一つの言葉から受けるイメージの違い)を広げることが重要であり、そのためには「他人の人生に触れる経験を多くすることで、少しずつ自分のコンテクストを広げていくしかない」こと、それは「柔かい心を作るということ」ことなどが、心に残った部分です。

でも今回、最も書いておきたいのは、演劇というものは観客の想像力を開き、それをどこかで閉じてあげなくてはいけないという部分です。例えば、セリフとセリフの間に「間」をとると、観客はその「間」の時間の中で「想像力の翼を広げ」、この人たちはどんな関係なのだろうと思うことができるというのです。そして「閉じる」というのは、想像したことに対して答えを出すことです。閉じたことで観客は自分の考えていたことは「やっぱり」合っていたのだと思うことができえるというのです。

ところが、つまらない演劇は「最初の五分間で、もうあとのストーリー展開が分かってしまう」か、「一時間半経っても、想像力が開きっぱなし」のものであると言います。そして、観客の想像力を低く見積もって作られたものを見ると、観客は「バカにされたような気分」になり、高く見積もると「分からない」という意見が出てくるというのです。

また、「経験を積んだ劇作家や演出家は、必ず、『イメージの共有しやすいものから入っていって、イメージの共有のしにくいもの=人間の心へとたどり着く』ように、作品を構成」するそうです。ところが、観客の気を引こうとして単に驚かせようとすると、観客は感心はしても感動はしなくなるというのです。

そのことを、著者は、緞帳があがったときに大竹しのぶさんがいきなり泣いていたら、観客の興味は引くものの感動はしないけれど、「一時間半なり二時間なりのドラマがあって、十分に大竹さんの役柄のイメージが、観客に共有できた時に、大竹さん(が演じる役)が、ほろりと涙を流すので、みんな感動する」と説明するのです。

これは、何も演劇の世界だけにとどまりません。平田オリザさんはこの本で演劇のことを語っているのに、ドラマや映画の話に応用してしまいますが、今、話題性はあるものの、実際にはよい視聴率や興行収入を収めないものには、こうした観客の想像力を低く見積もり、関心を引くことだけに力を注いだ作品が多いのではないのかと、この本を読んで感じたのです。

逆に話題性もあり、かつ良い成績を収めるものは、ある程度の時間をかけて、観客と共有できたときに、「決め台詞」などの驚く仕掛けを持ってくるものだと思います。例えば、最終回で42.2%もの視聴率を記録したドラマ『半沢直樹』には、「倍返しだ」というセリフと「土下座」が仕掛けです。でも、その大きな仕掛けは、一話の冒頭でいきなり出てきたわけではありません。派手なドラマに見せながらも、一話の冒頭では、堺雅人さん演じる半沢と、滝藤賢一さん演じる近藤、及川光博さん演じる渡真利という同期の会話から、会社の容赦ない派閥体質を知らしめるところから始まります。そして、その後は「粉飾」や「融資」などの説明に続きます。かなり懇切丁寧なイメージの共有から始まっているのです。でも、この説明は視聴者の想像力を低く見積もるものではなく、物語に描かれる銀行のイメージが正確につかめることで、視聴者に物語を共有させることに成功しているのだと思うのです。

レビュアー

西森路代

フリーライター。愛媛と東京でのOL生活を経て、アジア系のムックの編集やラジオ「アジアン!プラス」(文化放送)のディレクター業などに携わる。現在は、日本をはじめ香港、台湾、韓国のエンターテインメント全般や、女性について執筆中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に「女子会2.0」(NHK出版)がある。また、また、TBS RADIO 文化系トークラジオ Lifeにも出演中。

近況:messyというサイトに、映画『マジック・マイクXXL』のレビューを書きました。この映画も、主人公のマイクが昔を思い出しダンスをするシーンが観客と気持ちを「共有」するシーンになっていると思います。

女性が抱える「アイドル消費」の罪悪感に、ひとつのアンサー。傑作『マジック・マイクXXL』
http://mess-y.com/archives/24376

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