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文科省タスクフォース所属。水鏡瑞希は超魅力的ですが、一言だけ。
どうしても受け入れがたいことがある。
「おまえ」と呼ばせてくれない女がダメだ。
別に、誰彼構わず、毎度毎度「おまえ」と呼ぶわけじゃない。怒鳴りつけるような調子で「おまえ」と言ったり、冷笑を浮かべながら口にしたりはしない。そういうのは誰だって不愉快だろう。
よほど許しがたい相手でもない限り、僕は「おまえ」をそんなふうには使わない。恋人だとか、親友のような大切な存在に対して、親しみを込めて「おまえ」と言いたい。
向こうから僕に対して「おまえ」と呼ばれるのも、だからまったく構わない。これまで「おまえ」と呼んで、嫌がった人はひとりもいない(もしかしたら僕がそう思っているだけかもしれないが)。
こういうのは、誰に対して言うのか、どんな調子で言うのかの問題だと思う。
しかし、いかなる状況においても「おまえ」と呼ばれることを嫌悪する人たちも、やはりいるらしい。
『水鏡推理(すいきょうすいり)』に登場する文部科学省の職員・水鏡瑞希(みかがみ・みずき)も、「おまえ」と呼ばれるのを嫌う女だ。
「彼女がいるのなら、その人も名前で呼んであげてください。おまえなんて呼び方、よくありません。結婚してからも絶対にやめるべきです。こいつって言い方も、恋人や奥さんに向けるべきじゃありません」
瑞希は、若いイケメン上司に向かって、毅然とこんなことを言う。
そういえば僕も、「こいつ」だけは使ったことがないな。今後も使うのをためらう語感がある。ただ、それにしたってやっぱり、恋人に対して「おまえ」と呼べないのは、なんだかとても寂しい。
僕はこれまで恋人には、下の名前で呼ぶようにしてきた。でも、ときどきはやっぱり「おまえ」と呼びたいのだ。そうじゃないとまるで、あまりにも遠い距離にいる見ず知らずの他人みたいだ。心理的な遠距離恋愛をさせられている気分になる。
勝手な言い分かもしれないが、上から目線で言っているつもりはさらさらない。それでも、「おまえ」と呼んではいけないのだろうか?
「おまえとかこいつとかいうのは、(略)ただの駄目人間です。相手を思いやってないし、DVの始まりです」
すみませんでしたね。しかし水鏡さん、さすがにそれは言いすぎじゃないですか?
いい歳して作家志望を理由にフラフラしている僕が駄目人間であることは紛う方なし事実なので反論のしようもないが、世の中にはそうではない人も大勢いて、親しみを込めて、あるいは込められて、「おまえ」と呼んだり・呼ばれたりしているわけで、いくらなんでも決めつけが過ぎると思う。独善的であり、正義感が暴走しているようにさえ感じる。
だが、それぐらいでなければ彼女の仕事は務まらないのだろう。
清濁併せ呑めない生真面目すぎる瑞希が配属された部署は、文部科学省内に設置された「研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース」。このタスクフォースは実在し、名前の通り、研究費の不正使用を調査する。
瑞希は抜群の推理力と疎まれがちな行動力とをもって、タスクフォースに持ち込まれた研究の不正だとか捏造だとかを、次々と暴いてゆくのだ。その様はまさしく〝成敗〟であり、痛快のひと言。瑞希はどんな形であれ、理不尽を許さない。そこが格好いいし、応援したくなる。
また、著者・松岡圭祐氏の『万能鑑定士Q』シリーズ』(角川文庫)同様、新たな知識が身につく〝お勉強小説〟としても、本作は楽しむことができる。
登場人物たちの結構ベタな恋愛模様も描かれていて、不正や捏造を働く側にもそれなりの理由や事情があり、つまりは社会派の人間ドラマがある。そんなエンタメ要素盛りだくさんの本作なのだが、やはり僕が一番魅了されたのは、瑞希の正義感がどかんと爆発するところだ。
残念なことに、生きていれば嫌でも不愉快な出来事には遭遇する。自分のことだけじゃなくて、自分とは無関係な人々に対する理不尽に憤ることもある。一部の無知蒙昧な人々の悪意ある意見に激憤することもある。
そんなときに僕が叫びたいことを、瑞希がズバッと言ってくれている台詞があって、まったくもって爽快だった。
水鏡瑞希は、いい女だ。てんで融通が利かず、とにかく鬱陶しくて、正義感が暴走しまくりでも、物語の進行に合わせていつの間にか、そういうところがチャーミングなんだろうなと思ってしまった。
しかも書き忘れていたが、彼女はかなりの美人である。胸も大きいらしい。
唯一の欠点は、
「おまえなんて呼び方、よくありません」
「おまえ」と呼ばせてくれないところくらいか。
既刊・関連作品
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。
近況:そろそろ髪を切るか。
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