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「匿名という壁の陰に隠れ、ネットに下劣で愚劣な書き込みを繰り返すような人間に、言論や表現の自由という崇高な権利で守られるべき正義は一ミリたりともない」

2015.06.25
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木村社長を退任へと追い込んだ朝日新聞誤報騒動(従軍慰安婦をめぐる誤報と福島第一原発所長だった故・吉田昌夫さんの調書報道)から半年が経ちました。この事件はいったい何だったのか、改めて冷静に考えさせるものに出会いました。

誤報は正されなければなりません。報道として当然のことです。
「信用性が乏しいと判断したなら訂正せねばならず、それが「遅きに失した」のは難じられても仕方ない」のは確かです。
けれど青木さんが書いているように、かつてのイラク戦争では、
「ご存知のとおり「大量破壊兵器」などなかった。つまりは誤報だらけだったことになる。それでも欧米のメディアがまっとうだなと思うのは、誤報を書いた多くの記者が厳しい批判を受け、主要メディアは軒並み検証を行った。ひるがえって日本では検証すらしていない。こうした巨大な過ちに頬被りする数多のメディアが、同類である朝日にヒステリックな罵声を浴びせる滑稽な現状。「売国」「国益を損ねた」といった言辞と合わせ、つくづく病的であると同時に、己の姿を鏡に映してみるべきだと私は思う」

青木さんは問題となった記事を書いた記者たちや内部の人たちとのインタビュー(植村隆さん、若宮啓文さん、市川速水さんそして外岡秀俊さんとの対話)が収録されています。
植村隆さん、若宮啓文さんは「個人的に激しい攻撃にさらされた2人」です。

「僕はやっぱり虐げられた側というか、人権を侵害されている人たちの側から発信したいというのがあった」「苦しんでいる人たちの声を記録するのが自分の仕事だ」(植村さん)
というのは青木さんのいうとおり「メディア記者としては、本来あるべきごくごく普通の姿勢にすぎない」のだと思います。「つまり、狙いは朝日叩きにこそあるのであって、それを表象する者の筆頭格として、または分かりやすい物語の持ち主として、植村氏に低劣な攻撃が押し寄せてきた」のです。

「匿名という壁の陰に隠れ、ネットに下劣で愚劣な書き込みを繰り返すような人間に、言論や表現の自由という崇高な権利で守られるべき正義は一ミリたりともない」
青木さんの怒りは正当なものだと思います。このような言論空間(ネット上の)の劣化こそが実は閉塞した状況を生んでいるように思えてなりません。

若宮さんのインタビューには朝日バッシングの裏にあったと想像されるライバル社読売新聞社との奇妙な関係にも触れられています。たしかにワンマン主筆に引き入れられている読売新聞社に「自浄能力」云々されるのは悪い冗談にも思えるのです。
では朝日新聞にはどのような問題があったのでしょうか。誤報の訂正記事の出し方等に問題はなかったのでしょうか。
「「吉田調書報道」を批判する報道に対して繰り返し抗議文を送ったり、慰安婦問題報道の検証紙面に対して「過ちをしたら謝罪すべきだ」としたジャーナリスト・池上彰氏の連載コラムの掲載をいったんは拒むなど、言論機関としてあるまじき対応をしたことも批判されて当然だろう」
ここには朝日新聞の機能不全があったのではないでしょうか。
「日本を代表するエスタブリッシュメントメディアだと認識されてきた朝日は、他メディアより激しい批判受けやすい存在だった」だけにバッシングへの対応はもっと考えてしかるべきだったのではないでしょうか。「まさに「過剰防衛」からくる発想と対応であり、場当たり的な迷走という形容がふさわしい」とも思える対応があったと青木さんは指摘しています。

けれど異様な感すら覚えた加熱した朝日新聞バッシング、それを一時の、あるいは一新聞社の出来事、失態ということに留めてはいけないのではないでしょうか。

「政府が隠し続けた吉田調書を入手して報じたのは紛うことなきスクープだった」
「政府が隠している情報をいち早く入手し、世に発信しようとした姿勢と努力は認めるべきであり、こうした調査報道こそ、危機が叫ばれる新聞メディアに求められる仕事である」ことは確かです。
また従軍慰安婦問題が解決したわけでもありません。

「いま朝日を批判している人たちにも、戦前になにがおきたのかを含め、もう一度冷静になって、振りかえってほしいんです。別に朝日を擁護するとかそういう問題ではなくて、日本の言論全体の質がねじ曲がっていかないように、お互いに責任を果たしましょうということじゃないでしょうか」(外岡秀俊さん)
という視点を失ってはならないと思います。

メディアに対する政府、政治家の干渉が取りざたされている昨今ですが、メディアが今どうなっているのか、どうあるべきなのかを再考させてくれる一冊ではないかと思います。巻末に収録された「朝日新聞と慰安婦問題 関連記事」も丁寧にまとまっており貴重な資料ではないかと思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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