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悲惨な現在に耐えられなくなったときに過去への旅が始まるのでしょうか。けれど過去をかえることで未来に幸福が待っているのでしょうか
タイムトラベルの物語は、小説ではH・G・ウェルズの『タイムマシン』を始め、映画では『バック・トゥー・ザ・フューチャー』 『ターミネーター』など私たちにおなじみのものが多いと思います。未来から来た人間が持っている知識(それは私たちにおなじみのものであったりするのですが)に驚く過去の人たちの姿、文化や生活などのギャップがもたらすユーモア(時にサスペンス)などがタイムトラベルものの魅力の典型だと思います。
それに加えて、いわゆるタイムパラドックス、過去に行った人間たちが行動することで、彼らがいた「現在」がどう変わってしまうのか。彼らは戻れるのか。実は彼らの行動自体が今の歴史に組み込まれていたのだ……。というようにさまざまな物語が作られてきました。もちろんこのタイムトラベルものの物語はいまも作られ続けています。
偶然の事故(!)に巻き込まれて過去へ飛ばされた物語、たとえば古くは『タイム・トンネル』『戦国自衛隊』『フィラデルフィア・エクスペリメント』や『JIN―仁―』などがすぐに思い浮かびます。
その一方で計画的に過去へ向かう物語があります。代表的なのが『ターミネーター』だと思います。元いた時代(未来)の人類対工知能が指揮する機械軍の戦いが機械軍に不利になった時、人類の指導者の母親になるサラ・コナーを殺すために過去に送り込まれたのがターミネーターと呼ばれるロボットでした。映画ではサラは殺されなかったため未来は変えられなかったようです。(もし殺されていたら……未来では指導者が現れないので、そもそも過去へ行くこともなかったわけで……すると未来は違った未来で……といわゆるパラレルワールドのようになるのでしょう)
このようにその時代が不幸であったり、望ましくない世界であったからこそ過去へ旅だって歴史を変えようということが起きるのでしょう。過去へ向かう心性は、たいがいが現在の不幸を土台にしていることが多いのではないかと思います。この横山さんの『時の行者』もそうです。
10年に一度現れる謎の少年(淳)、初めて現れたのは戦国末期、織田信長の時代、
でした。描かれてた第1話ではその10年後、本能寺の変の直前に淳が現れたところから始まります。(10年前に行者が現れたというのは登場人物のセリフとして記されています)信長の前に引き出された少年は未来の武器と武田信玄の死の予言で危機を逃れます。そして秀吉に信長の死を予言しその時代から去って行きます。
この少年はなぜ過去へやってきたのでしょうか。少年の住む未来はやはり悲惨な世界でした。最終戦争により人類は滅亡の危機にあり、少年の住む時代は、人類が作った自動兵器によって戦いだけが続いている不毛な世界だったのです。この不毛な世界に嫌気のさした少女リサは歴史を変えようと過去へひとり旅立ったのです。そのことに気づいた淳は彼女を探しに、彼もまた過去へ旅立ったのです、時の行者として……。淳はさまざまな歴史の事件に直面します。本能寺の変の直前から釣り天井事件、島原の乱、元禄時代、徳川吉宗の時代、天一坊事件、宝暦の一揆までと200年にも渡ってリサを探し続けるのです。
長い歴史の遍歴の果てでリサを発見した淳は、彼女の最後の願いとしてもう一度だけ、歴史を変えるため旅立ちます。いったい過去は(歴史は)変えられたのでしょうか……。淳たちの住む世界に本当に未来はないのでしょうか……。そこには横山さんの強い思いが込められたメッセージが、この物語に描かれています。不毛な現在を変えるのは過去ではない、未来なのだという……。
ところで、この物語にはとても印象的なやりとりがあります。ひとつは関ヶ原の戦い前夜での石田三成とのやりとり。
三成「その法力で西軍と東軍の運命をうらなってくれんか」
行者「勝つとわかれば戦い負けると分かれば戦をやめますか」
三成「ここにきてそんな日和見なことはできん」
もう一つは由井正雪の乱での正雪とのやりとりです。反乱の計画が失敗に終わることを正雪に告げた行者は、さらに正雪に迫ります。
行者「計画は中止してくれるのですね」
正雪「もう矢ははなたれているんだ。もうわしひとりの力ではとめようがない」
物語としてタイムパラドックスを避けたということはあるのかもしれませんが、この覚悟を決めた武士の姿に横山さんの漢(おとこ)を描く原点があるように感じられてなりません。このある種の美学がのちに大作『三国志』をはじめとする数々の大河歴史コミックの名作を書かせたのではないでしょうか。『鉄人28号』『魔法使いサリー』『伊賀の影丸』を始め、数多くの名作を世に送り出し〈漫画の鉄人〉とも呼ばれた横山さんの作品のなかで佳品とよばれる作品だと思います。
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レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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