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人はいつか死ぬ。である以上、美しく死にたい。美しくあることで詩を残したい。「そんな奇妙な情熱に取り憑かれた人物こそが男である」
司馬遼太郎さんの歴史小説です。司馬さんは、信長、秀吉といった「歴史の主役」を描くこともある一方で、それまで光が当たっていなかった人を主人公にすることも多い書き手です。
出世作となった『国盗り物語』では、従来は歴史上の悪役でしかなかった斎藤道三を主人公にしていましたし、『歳月』では佐賀の江藤新平、『峠』では長岡の河井継之助を描き、それによって彼らの生き様が知られることになりました。司馬さんが描くまで坂本龍馬も幕末の傑物扱いは受けていませんでしたが、『龍馬がゆく』が世に出ることで「若者はみな龍馬に憧れる」と言われるほどの存在になっています。
この『戦雲の夢』の主人公も、歴史の主役とは言えません。土佐の英雄というと、地域の小勢力から身を起こし、四国全域の支配をうかがうところまで行った長宗我部元親がいますが、この小説の主人公はその息子のほう。偉大な父、元親の後を継いでほどなく関ヶ原を迎えてしまい、混迷の政治状況の中で家を滅ぼしてしまった人です(ちなみに司馬さんは父、元親については『夏草の賦』という小説で描いています)。
司馬さんの小説の主題は、大胆にいうとすごくシンプルです。それは「男の生き様の美しさ」。どんな男に美を感じるかというと、司馬さんは原始の雄の本能を、そのまま受け継ぎながら武将として磨き上げてきたような男を好んで取り上げてきたように思います。自身、知識人だけに「インテリの弱さ」を実感していたのだろうと思うのですが、ただその一方でしばしば、知識人の資質を持った人間も描いています。
「賢いヤツはあれこれ考えるから弱いし、すぐ裏切る」と見なされる風土があった新選組で、まさに知識人の離反者となった伊東甲子太郎、才能豊かな人物ではあったが「百才あって一誠なし」と言われた徳川慶喜などは、確かに男子としての節義を全うしたかどうかは、評価も分かれるところです。
ただ、本作の主人公の長宗我部盛親のように、一度はひ弱さのゆえに道を誤ってしまったが、その後、見事な人生の詩を残した人もいます。
若くして家を継ぎ、日本史上で指折りの複雑な政治状況の中でデビューしてしまった盛親は、思う存分戦うことすらできず、関ヶ原の敗戦を迎えてしまい、一国の大名であった彼は、なんと寺子屋の師匠にまで落ちぶれてしまいます。武将として生まれながら、若者から壮年までの人生を棒に振ってしまった。
そんな彼にやがてチャンスが訪れます。東西の手切れ。大阪冬の陣です。もし彼が「賢い」人間であれば、圧倒的に優勢な江戸について、お家の復興を目指したことでしょう。実際にその機会はあったのです。ですが彼は豊臣秀頼側につき、大阪城に入る。そんな彼を慕って、これまで潜み暮らしていた土佐の旧臣も集まります。
かつて関ヶ原では、武将としての才能を発揮することができなかった盛親は、この大阪の陣では伝説的な強さを発揮し、それと引き替えにして長宗我部家の侍たちは散っていく。
人はいつか死ぬ。である以上、美しく死にたい。美しくあることで詩を残したい。「そんな奇妙な情熱に取り憑かれた人物こそが男である」という司馬さんの美学を感じる小説です。
レビュアー
1969年、大阪府生まれ。作家。著書に『萌え萌えジャパン』『人とロボットの秘密』『スゴい雑誌』『僕とツンデレとハイデガー』『オッサンフォー』など。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。現在「ITmediaニュース」「講談社BOX-AiR」でコラムを、一迅社「Comic Rex」で漫画原作(早茅野うるて名義/『リア充なんか怖くない』漫画・六堂秀哉)を連載中(近日単行本刊行)。
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