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〈原罪〉意識こそが新たな道を、私たちの前に開いてみせるものなのかもしれません。それはまた、都合の悪いことに蓋をしがちな日本人への警鐘でもあるのです。
『古事記』に記された神話の中に今の日本人に通じるものがあるのではないか、それを〈日本人の原罪〉と位置づけて、そのありよう求めて精神分析家の北山さんと国文学者の橋本さんは『古事記』の世界の探求へと向かいます。その世界で見つけたものは……。
「イザナキ・イザナミ神話の父神イザナキから昔話の男性主人公まで、男性たちは女房の課す〈見るなの禁止〉を破り秘密を暴露して女性を失ってしまう」
このような自分の正体を見てはいけないという「見るなの禁止のタブー」は世界中にあります。けれど、とりわけ日本では見られた側を汚れとして排除してしまうところに大きな特徴があるといいます。
本来持っている「美しくて、そして醜い」という二面性から目を背け、美しさ(健康、正常、適応等)のみが生きることを許され、醜いものを隔離してしまいがちになる、それが日本人の特徴なのではないかといっているのです。そしてその結果「美しい日本」の裏側にある醜い部分をまるでなかったかのように、あるいは醜いもの自身の責任であるように完全に覆い隠してしまう心性が日本人にはあるのではないかと。
そして、見られた側の汚れ(醜いもの)のみが問われ、見たものの側の罪を問わない。見た側は常に「すみません」といってすましてしまうという日本人のありように日本人の心にひそむ悲劇の根源があるというのです。
そのような悲劇を終わらせるにはどうすればよいのでしょうか。
「美しくて、そして醜い」という二面性に向き合うことから逃れず、その場にとどまること。そして、その日本人の罪悪感の発生の場を直視し、その「美しくて、そして醜い」という二面性の統合を目指すことによって日本人が繰り返す心の悲劇(苦しみ)を終わらせる、たとえそれができないまでもそこから新たな人間関係を作りださなければならないのだ、というのがお二人の主張なのです。
この「美しくて、そして醜い」というのは母性の象徴であり、見る側は無際限の欲望をもった子供(型の男性)だともいえるでしょう。そして見た側が招いた失敗であっても「すまない」と言って逃げて終わらせようとする、実はなにも終わらず、一方的に見られた側に責を負わせているだけなのかもしれないのに……。
私たちはどのようにすればいいのでしょうか。お二人はこういっています。
「すまない」といって決してすまさないこと、そして「人の〈見にくさ〉を知る包容力が求められ、自分のなかに発見される罪意識は自分の心のどこかに置いて」生きていかなければならないのではないかと……。
その〈原罪〉意識こそが新たな道を、私たちの前に開いてみせるものなのかもしれません。それはまた、都合の悪いことに蓋をしがちな日本人への警鐘でもあるのでしょう。
この本では、第三章で『古事記』の一部を読み解いていますが、ぜひ『古事記』の全部を読み解いて欲しいと思わせた一冊でした。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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