今日のおすすめ
どのような戦争であっても正当化はできません。美しさは、はかないものであり、それを感じた人間の心の中にひそかに生き続けるものだ
何年かおきにブームと言っていいような取り上げかたをされる名戦闘機零戦。作られた当時、戦艦大和と並んで世界の常識を破った日本の技術力の卓越性の象徴として、また不敗神話を作ったものとして語りつがれています。また、太平洋戦争末期には特別攻撃隊の人間兵器として使われた悲劇の名機としても語られてきました。
でも、技術力だけでしたらその卓越性をいくら語っても新たな技術力で乗り越えられていってしまいます。また、悲劇というものも語り継がれていかなければならないものだけど、それはブームというものを生むものではないと思うのです。
ではなにが零戦ブームを作っているのでしょうか。それは零戦が持っている美しさというものから生み出されてくるものではないでしょうか。とは言ってもその美は、勇壮美でも悲壮美でもなく、純粋といってもいいような美しさじゃないかと思います。
この本は、零戦とともに戦地を転戦した二人の搭乗員の半生を中心に、零戦と日本の運命を静かな情熱をもって描いています。実戦での零戦の戦闘時の操縦法なども、著者の丹念なインタビューの積み重ねの成果でビビッドに描かれています。零戦好きにはそれだけでもたまらないでしょう。悲劇の特攻も、万策尽きた海軍首脳が講和を少しでも優位にするために考え出されたものでしかなく、その戦略の実態も戦果をふくめをうけた者。また、武装解除後の台湾で中国軍兵士より漢文の素養があり中国軍に一目置かれるようになったという日本軍の士官たちのエピソードなど悲喜劇混じった戦後の搭乗員たちの姿はさまざまな感慨を私たちにおぼえさせます。そんな彼らを支えていたのは、搭乗しているうちにいつの間にか彼らの身についた零戦の美しさだったのではないでしょうか。 て冷静に語られています。
けれど、この本は前半で語られる戦時中の記録としてでなく、戦後の搭乗員たちの生き方がさらにいっそう読むものに感動をあたえるものになっています。それはあたかも零戦の持っている美しさが、戦闘機をおりた人たちに、零戦に乗ったという誇りとともに体現されているからできたと思えるような生き方なのです。
戦時中に英雄として新聞に取り上げられたため、かえって顔が知られ戦後の焼け跡の中で少年たちから小石を投げられたりと掌返しの仕打ち。
著者が零戦とその搭乗員たちを追うモチーフの中にもそれがひそんでいます。オーストラリア上空でイギリスの戦闘機スピットファイアーを初めて見た搭乗員が一瞬そのスマートさ(美しさ)に心を打たれ発砲をためらったというようなエピソードを取り上げているところにも美を追う著者の思いがあるのではないでしょうか。
もちろん美しさがあるからといって、それがどのような戦争であっても正当化はできません。美しさは、はかないものであり、それを感じた人間の心の中にひそかに生き続けるものだと著者はこの本で言っているようにも思えるのです。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
関連記事
-
2015.08.07 レビュー
「ガダルカナル争奪戦は一面補給戦でもあった」そして「日本にとって、国力の及ばぬ戦場だった」のです
『ガダルカナル戦記』著:亀井宏
-
2015.08.03 レビュー
日本が起こしてきた戦争という歴史を忘れないことが戦争への道を歩かずにすむことなのです
『出口のない海 漫画でよめる!語り継がれる戦争の記憶』原作:横山秀夫 漫画:三枝義浩
-
2014.12.11 レビュー
間違えた政治はなぜ行われてしまったのか。なぜそれを正すことはできなかったのかを考えてみる必要がある。
『「ポスト戦後」を生きる 繁栄のその先に』著:保坂正康/姜尚中/雨宮処凜
-
2015.08.11 レビュー
日中戦争が私たちに教えてくれているものはなにか? これはきわめて現代的な課題を提起した戦争論なのです
『日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ』小林英夫
-
2015.08.27 レビュー
戦中、戦後の日本を“平和への志”のもとで一望できる一冊です
『おじいちゃんが孫に語る戦争』著:田原総一朗/下平けーすけ
人気記事
-
2024.04.02 レビュー
ホスト、立ちんぼ、トー横……慶応女子大生が歌舞伎町で暮らし取材してきた生の声
『ホスト!立ちんぼ!トー横! オーバードーズな人たち ~慶應女子大生が歌舞伎町で暮らした700日間~』著:佐々木 チワワ
-
2024.04.01 レビュー
人間力がすごすぎる、栗山英樹さんの熱い人生哲学
『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』著:栗山 英樹
-
2024.03.28 レビュー
理系に強い子どもに育てるヒント満載! 数学センスを磨く新しい勉強法
『中学数学で磨く数学センス 数と図形に強くなる新しい勉強法』著:花木 良
-
2024.03.26 レビュー
どこにでもいる!? 人間関係の悩みを生み出す人の生態
『職場を腐らせる人たち』著:片田 珠美
-
2024.03.27 レビュー
SNSでことばの事故を起こさない方法とは!? 日本語ラップは言語芸術!?『日本語の秘密』
『日本語の秘密』著:川原 繁人