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現代を先取りをした小説世界、けれどそれは幸福だったわけではない……
筒井康隆さんは、しばしばジグムント・フロイトに言及する。「精神分析」の祖と知られるフロイトだが、現在ではその臨床家としての手法に疑問を呈されることも多く、悪くすると詐欺師扱いもされかねない人である。だが、フロイトの偉大な功績は、実は臨床家としての実績にあるのではないのである。
人間の心とは、いったいどのようなものだろうか。古来よりさまざまに説明されてきた。だが、フロイトの功績は、そのように「言葉で説明できる領域」などは、人の心の一部にしか過ぎず、その背後には非言語的な「無意識」という巨大な混沌の海が広がっていることに、目を向けたところにある。
だから倫理とか論理とか道徳とかではなく、人の本質は「ドタバタ」であると感じていたであろう筒井さんが、フロイトに共感するのもよくわかるのである。
この小説の舞台は、核戦争。中国の核ミサイル基地で起こった痴話喧嘩に端を発し、世界は壮大な「核のパイ投げ合戦」に突入する。
幸いにも日本は、即時に核攻撃によって吹き飛ばされることもはなかったが、それが幸福なことだったのかどうか。生き残った人類は、少しでも放射能から遠ざかろうとし、南極を目指して落ち延びて行こうとする。
「核による世界の終末」。この舞台装置そのものが、小説の大きなテーマになり得る。しかしこの小説では、人が人の真実を暴き出される装置としても機能していて、人類は、バカバカしい痴話喧嘩からはじまった「世界の終末」によって、阿鼻叫喚のるつぼに叩き込まれてしまう。
霊長類は、平然と美しく滅んでいくのだろうか。いや、おかしくて悲しい、滑稽な姿をむき出しにして、滅んでいくことになる。最後の生存者が漏らした言葉。ここでは具体的には引用しないが、とても印象的だ。
「痴漢冤罪」「喫煙が罪」「意味があるから報道されるのではなく、報道されたものに意味がある」など、筒井さんがお書きになった小説が、今の世の中で続々と現実化している。これはもちろん筒井さんの作家としての偉大さでもあるのだが、現実の日本社会が「筒井さんの書いた小説」みたいになっているということでもあり「それはどうよ」と感じてしまうところである。
レビュアー
1969年、大阪府生まれ。作家。著書に『萌え萌えジャパン』『人とロボットの秘密』『スゴい雑誌』『僕とツンデレとハイデガー』『オッサンフォー』など。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。現在「ITmediaニュース」「講談社BOX-AiR」でコラムを、一迅社「Comic Rex」で漫画原作(早茅野うるて名義/『リア充なんか怖くない』漫画・六堂秀哉)を連載中(近日単行本刊行)。
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