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こうした結末に連れていってもらうために、物語は読みたい

グレイヴディッガー
(著:高野和明)
2015.04.06
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「春の巻きごまれ型主人公祭り」ということで、今回は高野和明さんの小説『グレイヴディッガー』をご紹介します。
この作品は、『13階段』でデビューした著者の2作目。前回の『走らなあかん、夜明けまで』、前々回『やぶへび』と巻き込まれ型主人公作品をご紹介させていた私に、ある編集者の人が「巻き込まれ型なら、俺は『グレイブディッガー』が好きだ。著者の高野和明さんも大好きなんだ。まだ読んでなければぜひ読め」と、教えてくださったのでした。

早速、拝読したのですが結果、やはり徹夜。発見された死体が消えたという不思議な事件からはじまる冒頭から、物語の完結まで一気読みしてしまいました。
主人公は八神という悪人。彼はカネのためなら夢見る若者をだますこともやってきたワルなのですが、もはや足を洗って、一世一代の人助けをしようとしている。骨髄ドナーとなって見知らぬ人の命を助けようとしていたのです。
だが移植手術を目前にして、彼は連続猟奇殺人と遭遇する。中世ヨーロッパの伝説、グレイヴディッガーという墓掘り人の伝説をなぞった殺人事件に巻き込まれて、警察と謎の組織の双方に追われる事態に陥りました。手術は目前。自分がつかまると、移植を待っている白血病患者の命が危ない。八神は天性に備わった才能を発揮して、驚くほどしぶとい逃走劇を繰り広げます。

高野和明さんの作品に一貫して感じるのは、著者が作品に込めた意志。「この作品を書くことで、少しでも世の中がいいほうに向かえば」という意志です。
それはどんな著者でも作品を書く以上は、世の中にとってよかれと思って書くものなのですが、高野さんの作品にはとりわけ強くそれを感じます。その意志と娯楽がとても高いレベルで一体になっていて「凄い」と打ちのめされるのですが、こうした高野さんが2作目で、多かれ少なかれ個人がシステムと対峙することになる「巻き込まれ型主人公」を描いていたことは、なにか必然のような気がします。

主人公の八神が対峙した事件は、単なる猟奇事件ではありませんでした。日本の機構にいつのまにか扶植され、成長していた暗い権力にまつわる大きな闘争だったのです。近代的だと思っている日本社会。しかし一皮剥けば、前近代的な暗い側面がある。そうした闇の中に、かつて中世ヨーロッパで異端審問官を断罪したという「グレイヴディッガー」の伝説が甦ります。

暗く巨大な権力をひっくり返してしまうのは、個人の意志。それもあきらめることを知らないしぶとい意志。読んだ人は「こうした結末に連れていってもらうために、物語は読みたいものだ」と感じことになると思います。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に“中年の青春小説”『オッサンフォー』、現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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