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最後までじっくり読んで、笑った後に考え込んでしまう辞書

筒井版 悪魔の辞典〈完全補注〉
(著:アンブローズ・ビアス 訳:筒井康隆)
2014.10.03
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おそらく大半の人は辞書というものを冒頭から最後まで読み通したことはないと思います。かつては単語を覚えるとそのページを食べる(!)というようなことがあったといわれていますが(もはや都市伝説でしょうか?)、辞書が電子になってしまうととても口には入れられません。

この本は冒頭から最後まで読める、しかも一気に読んでしまうという別格の辞書だと思います。

【月曜日】:キリスト教の国では、野球の試合の次の日。
【雄・男性】:考慮に値しない、無視してよい性のメンバー。人間の雄は通常雌にとって「ただの人」として知られている。この種族には二種類ある。衣食住の良き供給者と、悪しき供給者である。
【幸福】:他人の惨めなありさまを見まもるうちに起こってくる快感。
といったウイットの富むものだけでなく風刺の効いたものであふれています。

さらに、
【愛国心】:わが名を輝かせようという野心を持った人間が松明を持って近づくと、すぐに燃え上がるごみ(略)。
【疑いもなく・明白な】:目いっぱい大きな声で間違っている。

クスリと笑う項目も哄笑する項目もあふれていますがなにしろ原著が出版されたのは1911年、100年以上前ですので当時は風刺だったのが、常識(?)になっているものもあるようです。
たとえばこのようなものが……。
【国民投票】:支配者の意志を固めるための一般投票。
【政治】:主義主張の仮面を被った利害のぶつかりあい。私利私欲のためになされる公の行為。

風刺が効かなくなる、それも風刺の意図が私たちに伝わらなくなるというのは何かが良くなったからでしょうか。いえいえそうでない場合ものほうが多いように思えるのですが……。

【電話】:悪魔の発明である。不愉快な人物を遠ざけておく便利さを、いささか阻害するものだ。
というものなどは、携帯電話の出現で、ビアスの風刺意図を遥かに超えた悪魔の発明になっているような気もするのです。

この本をどれだけ笑えるかで国や国民の〈正義〉のあり方が分かるような気がします。
ちなみにこの言葉はどう定義されているかというと……
【正義】:忠誠、税金、個人的貢献に対する報償として、国が国民に売りつける、程度の差はあるが、混ぜ物で品質の落ちた商品。
となっています、なんともはや……。

ところで、この辞書、定義から用語を当てるカルタのようなゲームにしたらどれくらいの正解率になるのでしょうか? 作って見たい気がします、少し怖いですが……。
(【月曜日】は、現在でしたら「アメリカの強い影響下にある国では野球の試合の次の日」と改訂されるのでしょうね)

『筒井版 悪魔の辞典〈完全補注〉』書影
著:アンブローズ・ビアス 訳:筒井康隆

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レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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