すごい角度から愛が来る
“いきもの好き”の人が見ている世界は、普通の世界とはちょっと違うんじゃないかと、つねづね思っている。
たとえば鳥好きなパイロットはちょっと空を見上げただけで「あ、あそこにトンビがいるね」と即刻見つけるし(「いるね」と言われた方向をじっと見てもゴマのような影しか認められなかった)、ファーブルなんてあだ名がついていた子の手には用途不明のバッタがよく握られていた。
彼らの愛とユニークさを「解像度が高い」だけで済ませていいんだろうか。もっと愉快で、チャーミングで、知的好奇心をかきたてて、なんの役にも立たないかもだけどそこがまた尊くて……要は、大好きなものを見つめる目は最高にユニークでおもしろい。
『いきものがたり』も、ユニークで愉快なマンガだ。いきものの面白事情が独特かつあったかいまなざしで描かれる。登場するのは誰もが知っている“いきもの”ばかりなのに、どれもこれも「知らんかった……」というエピソードぞろいなのだ。
ねこの利き手! 考えたこともなかったよ(そして私も右と左が大人になった今もよくわからない)。
さあ、ここで「ねこの利き手?」となったら、もはや本書のいきものワールドにズブズブと入るしかない。居酒屋や喫茶店で無限に続くおしゃべりと同じだ。こんな会話が隣のテーブルから聞こえてきたら、私は絶対に席をたたない。
ねこの利き手が判明した経緯も本作で明かされる(なかなかのビッグプロジェクトだった)。
ところで……ねこに利き手があるのなら、他のいきものの利き手事情は? こうやってドンドン知りたくなるのが人間というもの。ちゃんと作者の松本ひで吉先生は描いてくれている。
たまらない。シロナガスクジラは右手で何をするんだろう……。じっと自分の右手を見つめて考えてみたが、同じ哺乳類同士とはいえシロナガスクジラの右手が日頃どんな働きをしているのかは、想像がつかなかった。
ちなみにカエルの利き手と利き手調査のやり方、そしてあなたの愛猫の利き手を確かめる方法も紹介されているのでお楽しみに。
こんなふうに、いきものたちの意外なヒミツがめくってもめくっても出てくる素晴らしいマンガだ。小さな子どもと読むもよし、いい歳した大人同士で「あのさ……カバの金玉ってね……」とおもむろに告白して語り合うもよし。とにかく、自分ひとりの胸にしまっておけない話ばかりなのだ(だってカバの金玉ですよ?)。私は甥っ子とのおしゃべりのネタが爆増したのでホクホクしている。きっと爆笑してくれるはずだ。
大きなクジラは、耳クソも大きい
各エピソードは数ページながら、情報の密度が非常に高い。
すべてのコマに「え?」ってリアクションを入れてしまう。だめだ、各コマ数十分くらい話したい(本作は、松本先生の名作『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』の愛犬と愛猫もさりげなく登場してくれて、ウルッとくる)。
で、耳クソだ。クジラの耳クソ……いや、そもそも彼らの耳に思いをはせたことがなかった。
ありそうでなさそうで、でも存在している耳。愛らしい。と、しみじみしたところで、いよいよ耳クソについて松本先生に語っていただこう。雄大な哺乳類らしい、スケールの大きなクソ事情なのだ。
クソは命の証なんだなあ……。
陸海空、古今東西、オールジャンルのいきものが登場する。
ここを読んで「キンカジューといえば、パリス・ヒルトンが飼ってたな……」とふと思い出していたら、ちゃんと本作でもパリス・ヒルトンについて言及されていた。このエピソードではかわいいかわいいキンカジューの意外な「欠点」が明かされる。パリス・ヒルトンなら「そうなのよ」とため息をつくに違いない。
本作に登場するいきものたちは、みんな不思議で奇妙で、しみじみとかわいい。松本先生のいきもの愛のフィルターがかかっているから、キンカジューの激ヤバな欠点すらちょっと「かわいいなあ、もう」と思ってしまった。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori