キャラクター、ストーリー、コンセプト、画力、あらゆる魅力が揃った作品にはそうそう出会えるものではない。しかし、これはそんな稀(まれ)なる一作である。傑作と言ってもいい。
鈴木くんは海辺の町の男子校に通う高校2年生。彼はどういうわけか、8月31日という夏休みの最終日を何度も繰り返すタイムループに陥ってしまった。しかし、それは彼一人だけではなかった。同じ町に暮らす高校生のティーン女子、高木さんも8月31日を繰り返していたのだ。二人は永遠の一日を繰り返すなかで知り合い、タイムループからの脱出方法を模索する。この状況について独自に調べあげた鈴木くんは、この夏、自分が成就できなかった願いを果たせば脱出が叶うのではないかと高木さんに申し出る。それは「彼女を作って童貞を捨てる」という願いだった……。
非常にコンセプチュアルな、よく出来た短編映画のような第1話から始まって、不条理SFと青春ラブコメが分かちがたく一体化した誘引力抜群のストーリーが展開する。各話に「○○する8月31日」というサブタイトルを冠し、同じ構図と同じセリフから物語が始まるシリーズ構成も洒落ている。もちろん簡単には解決に至らず、謎は残されたまま二人のドラマは濃密さを増していく。近年流行のジャンルと言えるタイムループものだが、そこに「男女二人だけがその状況を共有している」という状況を加えるだけで、こんなにもスリリングでロマンティックなシチュエーションが生まれるのか、という天才的発明に立ち会っているかのような感動がある。
鈴木くんと高木さんの関係は、決して初めから相性ぴったりというわけではない。その前途多難さもまた面白い。鈴木くんは恋愛経験のない童貞ながら、わりと真っ直ぐに高木さんに愛の告白をぶつけてしまう(そこが童貞らしいとも言える)。見た目はシュッとした秀才タイプだが、中身はどうしようもなくダサい&キモいという重大なハンデの持ち主でもある。それでいて、たまにキュンとする殺し文句を放ったりするので始末が悪い。傍目から眺めるぶんには面白いが、ラブストーリーの主人公としてはなんともスリリングな存在で、その独特すぎるパーソナリティは高木さんをひたすら翻弄し続ける。
対する高木さんはごく自然体の、イマドキの等身大女子ともいうべきキャラクターが魅力的。そして意外にノリがいい。変わり者の鈴木くんにも分け隔てなくナチュラルに接し、それが彼の恋心を刺激することになる。最初は鈴木くんの唐突な告白にNOの返事をつきつけるものの、ストレートに「好き」と言われれば悪い気はしないのが乙女心。日を追うごとに(厳密には同じ一日なのだけれど)鈴木くんが見せる意外な表情に、次第に惹かれていく彼女の心変わりも、本作の見どころである。
ヒロインが全編かわいく描かれているのも、作品としてシンプルにポイントが高い。ここぞという場面の決めカットはもちろん、ベッドの上を膝立ちで歩いたりする日常的なしぐさをリアルかつキュートに描けるのも、この作者の断然素晴らしい長所である。
本作のタイムループ設定が秀逸なところはいくつもある。まず、8月31日が終わるごとにすべてがリセットされる世界で、彼らの記憶だけは継続されるという点。オールリセット前提だからこそ、どんなに破れかぶれな行動も可能になるというのがタイムループものの醍醐味だが、鈴木くんと高木さんにとっては「二人だけの秘密」となる。これは非常にロマンティックなものになりうると同時に、二人の間でだけは「何もリセットできない」というスリルも生じてくる。取り返しのつかない行動も、貴重な関係を壊しかねない気まずさも、彼らのなかでは続いていくのだ。奇想天外な作品世界にもかかわらず、ご都合主義とは正反対の真摯かつデリケートなラブストーリーが展開するのも、本作の特筆すべき点だ。
一方で「時間だけはたっぷりある」という現実とは違うシチュエーションは、大人の目から見ればひたすら羨ましいとも言える。いくらでも青春の試行錯誤が許されており、しかも関係修復の機会が半永久的に与えられているという状況には、やはり夢がある。同じ一日を繰り返しながら、人間として少しずつ成長していく鈴木くんのドラマは感動的だ。読者にとっても学びがあるだろう。何気なく鈴木くんにアドバイスをもたらす同級生の赤羽根くんや宇田くん、さりげなく名台詞を放つ鈴木くんのお母さんなど、脇を固めるキャラクター陣もすこぶる魅力的である。
けっこう真に迫るメッセージを随所に散りばめながら、盛大に笑わせてくれるのも本作の大きな魅力。単行本1巻のラストシーンは電車内で読んでいたのに思わず爆笑してしまった。ここからさらに鈴木くんの奇矯なキャラクターはエスカレートし、高木さんの心はさらに激しく揺れることになるが、物語は予断を許さない。まずはあらゆる躊躇を捨てて第1巻を読んでもらって、ぜひ続刊を楽しみにしていただきたい。
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。