裏方系サラリーマンと歌舞伎町のホスト
大人の「はじめまして、よろしくね」の大半は名刺から始まる。
歌舞伎町のホストも、企業のサラリーマンも、みんなこうやって名刺交換をする。舞妓さんや役者さんの千社札も名刺だ。
こんなにスマホやSNSが発達しているのに、令和になってもまだ紙なのか!とも思うけど、むしろSNSのアカウントは自分の生身に近いものだから、よっぽどじゃない限り教えなかったりする。では「よっぽど」には、どうやってたどり着くのだろう。大人は紙や言葉や立場や態度で関係性のレイヤーをいくつも重ねる。名刺交換は「お友達のしるし」でもなんでもなく、最初に対面する壁だ。
そんな壁と、その壁をふとすり抜けるさまを『リーマンミーツホスト』は描く。
建て前で一応交換した名刺をクシャ! そう、大人の「はじめまして」のほとんどは、こんなふうに終わっちゃう。なのに二人はちがったのだ。
男性アイドルが好きなおじさん
“片山秀一”の趣味は「男性アイドルを眺めること」。この趣味はかれこれ20年続いている。恋愛対象は女性なんだけれども、とにかく男性アイドルを推している。
片山が差し出した名刺に書かれていた部署名から察するに、彼の仕事はバックオフィス系のサラリーマン(たぶん情シス)だ。そしておとなしい性格。独身。
ひとりぼっちだし、チケットなんて全然手に入らなかったけど、それでも推しのライブ会場の空気を吸ってみたくて代々木に行っちゃう健気なファン心理!
そしたらライブ会場で当日に行けなくなった人のチケットが余っちゃったようで「ならば私が買います!」と片山が声をかけようとしたら……?
「は?」みたいな顔。
出会い目的なんかじゃないのに……恥ずかしさと悲しさとさみしさでいっぱい。
で、つらくてつらくて、ライブ会場から逃げるように立ち去った片山が茫然自失のままフラフラとたどり着いたのは新宿の歌舞伎町。まっすぐ家に帰れなかったようだ(徒歩で移動したなら結構歩いてます。電車やバスでも、京王線ユーザーの片山は歌舞伎町を通らないはず。つまりよっぽどショックだったんだなあ)。
で、歌舞伎町のど真ん中のとある店舗の前でうなだれていたら「あんた誰?」の声。
ホストの“月城悠”と出会う。どうもここは彼が働くホストクラブらしい。
美しい男性アイドルを愛でることを趣味とする片山には、月城の美しい顔がまぶしくてまぶしくて……! (月城はよくこういう険しい目をする)
流れで月城のお店に行くことに。
「秀一さんと話すの 俺 楽しいからさ」
口下手でまじめなサラリーマンの男性が、歌舞伎町のホストクラブの初回客となると、どうなるか。こんな感じだ。
褒めたつもりが失礼なことを言っちゃったり。でも月城は接客のプロだから、秀一がしゃべりやすいように気遣いながら飲み物を作ってくれる。そして片山は……!
ハイ、できあがり。片山は自分の趣味のことを月城になら話せるように。
二人の会話はちぐはぐなようで、そうでもない。たとえばこんな感じ。
「ひとりぼっちには厳しい世界だよね~」と月城が笑いながら言ったら、大抵の客は「ほんとだよ~」って同じようにカラカラ笑うはずなのに、片山は「そうですね……」とガチで受け止める。非常にやりづらい客だ。でもどんな角度から飛んできたボールも酒が旨くなる方に打ち返すホストの月城。プロすごい。
これは通ってしまう顔をしているな。
ときどき月城を指名するように。ホスト通いは美しい青年を眺める趣味とも一致している。
「友営」は友達じゃない
ところで、月城の接客スタイルは「友営」と呼ばれるものだ。
友営とは「友達のように接する営業」で、他にも「本営(本命の恋人のように接して、なんなら同棲もどんとこいなズブズブ営業)」なんかもある。月城は本営をひたすら避けている。
どんなに迫られても冷たくいなす。女性客の「期待」に応えない月城は、指名本数だけは上位。つまり売上はそんなに立てていない。彼の友営スタイルの理由ものちのち明かされるだろうが、1巻では片山と月城の距離感と月城の友営が絡んで、とてもおもしろい。
片山と気楽に話す時間の楽しさと、推しを大切に思う片山のふるまいと、ふだんのホストとしての仕事が、月城のなかでぐちゃぐちゃになるのだ。
片山!? どうしちゃったの? 夜の街でサラリーマンとホストがどんな関係を作っていくのか楽しみだ。すでにほろ苦くてあったかい大人の味がする。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori