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2023.07.30

レビュー

死にたいほど苦しい時に出逢ったのは……!? 真夏のホラーラブストーリー

捉えどころのない恐怖に飲まれる前に

「クラゲの骨」とは、あり得ない物事のたとえ。あり得ないことを目の当たりにして、心が救済されれば人はそれを「奇跡」と呼ぶし、心が凍れば「恐怖」と呼ぶ。本作『クラゲの骨は青』は(少なくとも1巻までは)、後者のようだ。恐怖といってもモダンホラーというより、怪談話に手触りが近い。でも、これから物語が「恐怖」から「奇跡」に転じてもおかしくない。作者の追本氏は、前作『花は口ほどにモノを言う』で、すべての人の体から植物が芽生え、花を咲かせているという奇想の世界で軽やかな青春群像を描いた人である。一筋縄ではいかない作家さんなのだ。

物語は夏のある日、人身事故が続く踏切の前から始まる。



高校2年生の七海遥花は、隣の高校に通う工藤暁から突然の告白を受ける。話したこともない相手からの告白に戸惑う遥花だったが、「まずは友達から」という工藤の申し出に連絡先を交換する。
そんな遥花は、男性にだらしないシングルマザーの母から顧みられず、クラスメイトから陰湿ないじめを受ける、心と体の置きどころのない毎日を送っていた。そのなかで不意に死に囚われた遥花は、電車に飛び込もうとする。





すんでのところで、自殺を引き止められる遥花……。
これで終われば、遥花の救済を描くボーイ・ミーツ・ガールの物語になったはずだ。
しかし、第1話はこう締められる。







こわーい。
暁は、一体「なにモノ」か?
最初のコマから読み返しても、すべてはモヤに包まれたまま。その“わからなさ”にゾゾっとする。

遥花の地獄めぐりは続く。母の交際相手に暴行されそうになるが、その男は亡者によって闇に飲まれ、遥花もまた死を予感する。またあるときは、ふいに子供の地縛霊に手を引かれて道路に飛び出しそうになる。そうやって彼女が死の淵に立つたびに、暁は現実に引き戻してくれるのだ。

そして遥花に引き寄せられる霊たちは、さかんにこう懇願する。
「入れさせて」
遥花の体に入り、乗っ取りたいのか?
はたまた、遥花を死に導きたいのか?

心と体のアンバランスさを抱えた遥花を狙う、邪悪な欲望。そんな危機から救ってくれる暁は、守護霊なのか……? 判断がつかないでいると、ある占い師が遥花にこう忠告する。







暁は遥花の「穢れ」か「呪い」、もしくはその両方。であれば暁が「なにモノ」であるかは、彼女の過去に手がかりがあるのかもしれない。

恋と霊と生と死と

ふっと肩を押せば死に飲まれそうな不安定な遥花と、「なにモノ」かわからない暁。暁には、遥花でないといけない執着があるが、遥花にはなかった。しかし遥花が恋をした瞬間に、暁でないといけない理由が生まれる。






うすい膜ひとつで遮(さえぎ)られた生と死の世界が、執着と恋に掻き回されてグズグズになっていく夏。そんな爛(ただ)れた予感だけが膨らみ続ける。この作品を最初に「怪談話」のようだと評したのは、人ならぬモノとの恋を描いた『牡丹灯籠』を思い出したからだ。設定こそ男女が入れ変わっているが、暁が人でないと知ったとき、遥花はどうするのか? 恋は無敵とばかりに生死の壁を飛び越えるのか? はたまた……。

そして「どうして暁は遥花に執着するのか?」という物語の核心はどう明かされていくのか? 暁が生者なら、遥花と心と体を交わし恋人として満たされればいいはずだ。しかし暁が亡者ならば、どうすれば満たされるのだろう? 遥花に「入れさせて」と懇願する邪悪な霊を追い払う暁には、きっと別の願いがあるはずだ。彼の目的は何か?
もし暁に目的がなく、執着だけがあったとしたら、それはそれで恐ろしい。
暁が生者ならストーカーだろうが、亡者であれば、それは……取り憑いている。



この第1巻の最後に、暁の祖母だという老婆が現れる。それまで明らかにされていない暁の背景を知っている存在だ。その老婆は、暁が遥花に送ったお守りを見て激しく動揺する。

それが暁ちゃんにとってどんなに大事なものか忘れたんか!?
なのに人にやるなんて!!

「僕にはもう必要ないから」といって暁から渡されたお守りの本来の役割とは?
しかし、その秘密が明かされる前にこんな展開を迎える。





首を吊った祖母と暁。
暁は生者なのか亡者なのか? 恐ろしい、恐ろしい……。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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