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2023.07.09

レビュー

「神は鏖(みなごろし)だ」と告げる男、“神殺”。壮絶なるダークファンタジー!



理想を言えば、ただ「いい予感」だけを頼りに、漫画も活字本も手に取りたい。それが期待以上の収穫だったときの興奮は、かけがえのないものだからだ。だから上の大ゴマにわずかでも「いい予感」を抱いた人は、いますぐこの文章を読むのを止めて、単行本1巻を一気に読破してほしい。

それでもまだ食指が動かないというなら、よろしい。一応ストーリー説明もしておこう。舞台は、遠い昔の“日ノ本”の国。人間たちは突如始まった敵襲により、滅亡の危機に瀕していた。その敵とは、神。森羅万象を司る天上の神々が地上に降り立ち、人間を冷酷に駆逐し始めたのだ。

聖国(ひじりのくに)の王女として生まれた燕姫(えんひめ)は、陥落寸前の城から脱出し、神の脅威に唯一対抗しうるという伝説の力=“神殺(かみそぎ)”を求めて旅に出る。そして彼女は神をも恐れぬ一人の男と出会い、その恐るべき力を目の当たりにするのだった……。

仏教伝来以前の日本を舞台にしたハイファンタジーのような舞台設定で始まるが、決して生易しい内容ではない。冒頭から異貌の神々による大虐殺を血みどろのビジュアルで躊躇(ちゅうちょ)なく見せきり、無辜(むこ)の民の身体も神話の概念も、すべてを等しく破壊する意気込みに溢れた作品であることが伝わってくる。

そして、普通ならヒロイックに描かれるであろう主人公の造型も、かなりタガが外れている。「神は鏖(みなごろし)だ」というセリフを口癖のように繰り返し、背中には手足のない幼い妹を背負い、その口から剣を引き抜き、笑みを浮かべながら神々を血祭りにあげる。その姿はさながら悪魔。思わず読んでいるほうにも黒い笑いが伝染(うつ)ってしまいそうな、躊躇なきスプラッターアクションが痛快だ。

目には常に狂気が宿っており、性格も悪い。そのくせ妹を溺愛している。コミカルな息抜きの役割も果たすシスコン設定だが、屈折と矛盾をものともしない主人公の、倒錯的キャラクターも同時に表現していて素晴らしい。



さらに秀逸かつインパクト抜群なのが、主人公と一心同体の妹・ヒルコの存在である。かつて神によって体を引き裂かれたという凄惨な過去をもちながら、その表情はどこまでもあどけなく愛らしい。壮絶な戦闘シーンの最中にも兄の背中に縛り付けられたまま、ころころと笑う姿が可愛くも恐ろしく、これまた痛快だ。異常さをはらみながらも固い絆に結ばれた兄妹愛は、今後のドラマ展開にも大いに活かされることだろう。




「神殺し」というタブーにも抵触しかねない壮大なコンセプト、幼女を背負った狂気の剣士というインパクト絶大なイメージ、好感度などかなぐり捨てたキャラクター造型、盛大に血肉の華が咲き誇るアクション描写、いずれも満点である。加えて、劇中に登場する神々のグロテスクかつ多彩なビジュアルも見どころだ。我々がよく知る鬼のような人間に近い造形から、未知の昆虫かエイリアンかというようなものまで幅広く、強大になればなるほど「人間の話など通じない」感がどんどん濃密になる。そのニュアンスを描き分けるバランスも巧みだ。人体破壊描写や攻撃方法などのバリエーションにも、回を追うごとにショッキングな創意工夫を見せてくれそうだ。



過去作品や類似作品を想起させるイメージも随所に散りばめられているが、それらを援用しつつ独自のセンスで血肉としているところに、むしろ若々しく強靭な作家性を感じさせる。漫画好きなら三浦建太郎の『ベルセルク』を思い出す場面もあるだろうし、沙村広明の『無限の住人』を彷彿させる描写もある。映画ファンなら『トータル・リコール』や『スターシップ・トゥルーパーズ』などのポール・ヴァーホーヴェン監督作品、あるいは主人公が背中から剣を引き抜く姿に、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の『オンリー・ゴッド』に登場する復讐神めいた警官を思い出すかもしれない。

個人的に、読みながら最も鮮烈にフラッシュバックしたのが、ゲーム『アスラズ ラース』作中で大平晋也監督が手がけたアニメーションパートだ。刀を口にくわえた悪鬼のような主人公のイメージも似ているが、それよりも画面にみなぎる毒気と、神々との戦いを描く常軌を逸したスケール感、自壊も辞さないハイテンションかつ満身創痍のアクションに、通じるものを感じた(もし本作を映像化するならあの調子でやってほしい、と思わず夢想してしまうほどだ)。観た人なら分かると思うが、それだけ凄まじいパワーとエネルギーを伴う映像喚起力が、本作にはあるのだ。



単行本第1巻のラストには、異様な高揚感に満ちた混沌と戦慄(せんりつ)、そしてあっと驚く衝撃的展開が待ち受ける。この飛躍の大胆さも「普通の漫画では終わらせない」という作者の意気込みがなせる技だろう。これほど猛然と「早く続きが読みたい!」と読者に思わせる作品は、久々かもしれない。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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