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2023.05.04

レビュー

絶縁から始まる“ざまあ”系ラブコメ。不器用だからこそ可愛い!青春恋愛譚

そのタイトルから、これは「復讐」の物語だと考える人もいるだろう。思春期特有の劣等感に端を発して、相手を見返してやったという優越感と、ハーレム的状況を獲得するまでの逆転劇なのではないか、と。

しかし、そうではない。これは言わば「君たちはどう生きるか」と読者に問いかけるドラマである。もう少し注意深く(飛躍しすぎないように)言うと、この作品は、他者との関係性において「自分がどんな人間でありたいか」という普遍的命題に向かって突き進んでいく物語だ。その軌跡は、4人の男女によるすれ違いのドラマとして、つまりコミュニケーションの破綻と治癒のプロセスとして描かれる。



主人公は冴えない高校生男子・宮本優太。彼には学園一の美少女で、モデルとしても活躍する浅川由美という幼馴染みの恋人がいる。しかし、ある日突然、優太は彼女に「ほかに好きな人ができたから別れたい」と告げられてしまう。そして、親しい後輩の女子・黒咲茜からは「そんなんじゃ彼女どころか友達もできませんよ」とからかわれ、心のオアシスだった行きつけのメイドカフェでも、馴染みのメイド・るりりに「ご主人様って奴隷みたい」と嘲弄される始末。このままではいけない!と一念発起した優太は、髪を切り、服装を改め、陰気な風貌を爽やかに一新。さらに、彼を馬鹿にしてきた美少女たちとの「決別」を心に決め、生まれ変わった気持ちで2学期を迎えるのだった。



小悪魔的な異性にいじられ、からかわれることに赤面しつつもマゾヒスティックな快感を覚えてしまうという思春期男子が、フィクションにはよく登場する。しかし、それも一種の固定観念に過ぎない。その内面には「馬鹿にされたくない」という思いが人一倍蠢(うごめ)いている。外部の理不尽な干渉に晒(さら)され、内部からも湧き上がる劣等感に押しつぶされそうになると、プライドは良くも悪くも強度を増す。叩かれ、傷ついたぶんだけ人は優しくなれるかもしれないが、その境地に至るまでには、時間をかけて汚染された感情を浄化する必要がある。

本作の主人公・優太も、周囲からの心ない「いじり」や「からかい」を受け、あるとき爆発してしまう。そういう心理をきちんと描くことも、相互理解を目指すうえでは大事なことだろう。「悪気はなかった」という加害者側の言い分だけで突破できる時代ではない。



「自分がどんな人間でありたいか」という命題に取り組むのは、イメチェンを図る主人公の優太だけではない。むしろ彼をいじめてしまうヒロインたちにこそ突きつけられる問題だ。彼女たちは好意を寄せる相手の気持ちに触れたいと思うあまり、その言動を誤り、絶交されてしまう。その瞬間に生じる焦りと後悔は、いじめられっ子が相手に罪悪感を覚えさせるというささやかな復讐のカタルシスだけにはとどまらない。自分の真意とは相反する行動のせいで、取り返しのつかない誤解を招いてしまうことは誰にでもある。彼女たちの失敗もまた、読者の感情移入がじゅうぶんに可能な普遍性があると言えるだろう。

それぞれのヒロインが秘めている切実な真意は、原作小説では読み進めるにつれて徐々に明らかになっていく仕掛けだが、漫画版ではある程度早めにネタバラシが行われる。ゆえに本作の「乗り越えるべき問題」は早々に明らかとなり、それらの各ストーリーの行く末が、読者を興味深く惹きつける。小説と漫画、それぞれに異なる語り口を楽しみながら比べてみるのも一興だろう。



彼らの関係性に亀裂を入れる「誤解」は、本作の登場人物全員が背負う枷(かせ)であり、ひいては全人類が乗り越えるべきコミュニケーションの課題とも言える。「誤解を招いてしまったのなら謝ります」という言葉は、最近では政治家や企業の便利な答弁に使われることが多いが、むしろ相手の気持ちを汲めない、あるいは自分の気持ちを正しく表明できない現代の社会病理を代表する文言なのかもしれない。

そして、誤解は他者に与えるものとは限らず、自分自身が己に向かって与えてしまう場合もある。たとえば、主人公の優太が終始背負い続けるのは「優しさ」という言葉に対する誤解だ。亡き両親の「優しい人間であれ」という遺言が呪縛となり、自分を抑えて他者に尽くすことを是として生きてきたことが、物語のすべての起点となる。自分の名前に込められた「優しさ」という言葉に反発し、遠慮や気遣いなどかなぐり捨てた一匹狼として生まれ変わる優太だが、その後も彼は「本当にその生き方で合っているのか」という根源的な問いと対峙することになる(言うなれば、自分自身とのコミュニケーションであり、ことによれば、それが最も困難な対話かもしれない)。

自分をなくし、自分を見つめ直すことは、ひどい痛みを伴うものの、人生には大切な通過儀礼にちがいない。そして、誤解が招く関係性の破綻と再構築(簡単に言えば、仲直り)は、誰もが人生で一度は向き合わなければならない難関である。そんな葛藤と超克のプロセス、切実なエモーションを、ポップで軽快なビジュアルに乗せて描く親しみやすさが、この作品の身上である。もちろん、イメチェンした冴えない男子が急にモテ始める学園ラブコメとして楽しんでも一向に差し支えないが、思いがけず真摯なコミュニケーションのドラマとしても魅力的で、さまざまな思索のきっかけを与えてくれる作品でもある。



コミック第1巻では、天真爛漫な後輩・黒咲茜との関係にフォーカスを当てた第一部が、活き活きと描かれる。明るくめげない性格で、主人公の屈折にも、自らの抱えた悔恨にも真正面からぶつかっていく彼女は、3人のヒロインのなかでは最も親近感の持てるキャラクターと言えるだろう。次巻以降、孤独なメイド・るりりの重すぎる受難を描く第二部、最も複雑な感情を抱えたヒロイン・浅川由美と優太の最終対決を描く第三部も、どのように漫画としてビジュアル化されていくのか楽しみだ。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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