少女マンガのなかの「東京」
上京してもうずいぶん経つのに『運命の人に出会う話』の主人公“優貴”が送る東京での日常を読むにつけ「ああ上京したい」って思う。いま私が暮らしている東京ももちろん愛しいけれど、少女マンガのなかにある東京ってお城のようで、背伸びできそうでできなくて、とにかく格別なんです。そのディテールが『運命の人に出会う話』は最初から最後まですごくいい。服装、アクセサリー、街の風景、お酒の入ったグラス、ぜんぶが都会のラブストーリーを語ってる。
優貴は上京して2年目の20歳。一人暮らし。
ワンルームの窓ぎわに寄せたベッドと、ちょこんと置いた小さなテレビ。スマホはいつもすぐそばにあって、バラエティ番組を浮かない表情で眺める。この生々しさよ。田舎から出てきた20歳のリアルをこれでもかってくらい描いてます。
さみしいなあ、誰かと出会いたいなあって思う優貴は、同じく出会いを求める大学の友達と連れ立って向かった先は……、
渋谷のクラブ。いい! 西麻布や中央線沿いのお店と違って客層の偏りもないし、新木場よりもアクセスしやすいし、ナンパ箱なんて言わせないくらい良いDJもいっぱい来る。いいと思います!
とはいえ優貴はクラブに全然なじめなくて……、
同じタイミングで上京した女友達だってクラブに来たのは初めてなのに、なんの抵抗もなさそう。服装も髪型もメイクも自分よりうんと洗練されている。私はさっき「少女マンガの東京」と書きましたが、優貴が目にしているのは、現実の東京でもあります。でもね、やっぱりこれは、少女マンガの世界が約束してくれる東京なんです。
このマンガの東京では、優貴が願うような出会いが沢山待っています。
全然なじめなかったクラブで「ナンパに気をつけろ、住んでるところとか絶対言うな」と泥酔しながら優貴に教えてくれた人。最初は印象最悪だったのに、実は自分を一番心配してくれていた人。さらっとシェーヌダンクルを手首に巻いてちゃんと似合ってる男の子っていい!
見上げるスクランブルスクエアの巨大さ、待ち合わせの人でごった返すハチ公前……途方もなく大きくて広い東京ならば、もしかしたら、運命の人に出会えるんじゃないかなって気にさせてくれるマンガです。
クラブや合コンで運命の人に出会える?
優貴が人生初(そしておそらくまた行くことはしばらくなさそうな)クラブで出会った金髪の男性は“伊織”という名前で、優貴が伊織を介抱したのをきっかけに再び会うことに。
いろいろあって今は黒髪の伊織。どっちもかっこいい! しかも「で? どんな男がタイプなわけ?」なんて訊いてくる。伊織は、優貴の「欲しいのは運命の人」という願望を叶えるために合コンをセッティングしてくれようとしてます。
渋谷のクラブ、飲み会という名の合コン……『運命の人に出会う話』に散りばめられた言葉には、少女マンガの世界が注意深く避けてきたかもしれない現実の匂いがただよいます。でもやっぱり、ものすごく直球の少女マンガなんです。
上京してから2年、1人で過ごす夜は心細くてさみしい。だから優貴は勇気を出してクラブに行ったけれど、だからって誰でもいいわけじゃない。
出会いたいのは本当。でも優貴が出会いたいのは、運命の人。すごく直球。
優貴の直球さは高校時代の初恋の頃から表れています。
好きだけど付き合ってと言い出せないまま、ずっと週に3回もお弁当を作って渡していました。すごい!
そんな直球な優貴の願いを叶えてやるよ、ということで伊織は動いてくれているのです。願って動けば、その望みの世界に近づける。このマンガが描く東京ってそういう場所なんです。
出会いがいっぱいあって、どんどん人の輪が広がって、
みんないろんな事情を抱えて生きてて、知らない顔をたくさん持ってる。
料理のときにさりげなくブレスレットを外す伊織、いい。伊織と優貴の近づきそうで近づきすぎない曖昧な関係にむずむずします。近づきすぎていないけれど、優貴はもう伊織の自宅マンションで手料理を振る舞ってます。もしかしなくても運命の人って伊織……?
と思っていたら! 合コンで出会った人からまさかの情報が!
初恋の人とつながった! あの手作りのお弁当をどんな気持ちで受け取ってたの? 聞かせて! でも私は伊織を推したい……!
ああ、運命の人かもしれない人が多すぎるよ。こりゃほんとに出会えそう。優貴にとってクラブは全然楽しくない場所だったかもしれないけれど、運命の人に出会う大切なきっかけになりました。ということで、夢とほろ苦さでいっぱいの東京なんです。めいっぱい憧れながら読んでください!
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。